【弍】覚醒

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床に描かれた盤上。 真言宗密教、台密が用いる呪詛の文字。 「欲が邪魔なら、より大きな欲で制する…か。何を狙う? 久我山。この呪縛…燃やす他ないが」 術ごと焼くには、かなりの法力炎術が必要。 (宗馬がいれば…) 再生して狭まり始めた死の結界。 やるしかないと身構える。 と…その時、背後で声がした。 目前の敵に集中するが故、敵意ない者に気付けず。 「麗夜様」 その声で何者かは分かった。 ゆっくり振り向くレーヤ。 「炎魔、どうしてここに?」 「麗夜様に浄化され、京の寺で修行の身。この騒ぎを知り、駆け付けました。それは奴の仕業。私の法力をお戻しください。さすれば、この身で焼き払います」 「お前、死ぬ覚悟か?」 「この呪詛を消すには、それしかない。あの時、本来なら滅するべき身を、慈悲深い麗夜様に救われました。お役に立てるなら、罪滅ぼしに相応しいこと」 揺るがない真の決意に、確実なる救い。 躊躇している刻はない。 「すまない…その善意、使わせてもらう」 「御意」 念仏を唱えると、レーヤのが現れ、炎魔を抱く様に包み込んだ。 (なんとも優しい御心(みこころ)) それを感じながら、力の復活を知る。 腕が解かれ、目を合わす二人。 レーヤに、警戒心はない。 それへ一礼し、式盤の上へと歩む炎魔。 「許せ炎魔…そして、ありがとう」 「相応しい死に場所に、感謝するのはこちらだ。最後に伝え置くが…これは恐らく真姫羅(まきら)の仕業。奴の力は計り知れね。お気をつけて」 軽くうなずき、階下へと降りるレーヤ。 噛み締めた唇から、血の味がした。 (さらば炎魔。永劫の眠りを祈ろう) 届いたその心波(ここは)を胸に、炎術を放つ炎魔。 燃え残った結界線が、容赦なく体を切り刻む。 「炎心法眼・(れつ)🔥」 自ら炎と化し、刻まれ散るもの全てが火種となる。 灼熱の炎に、描かれた文字が燃え尽きていく。 もうダメか…と諦めていた瀬川や加藤達。 その目の前で、一斉に崩れ落ちる屍人。 そこへ下りて来たレーヤが叫ぶ。 「屍人使いが床に残した呪文を燃やした。ここも直ぐに燃えてなくなる。皆んな早く外へ!」 言われて見上げた天井。 所々に黒ずんだ焦げ跡が現れ始めていた。 「お前、唯一残った国宝に、火ぃつけたのか?」 「他に方法がなくてね。まだこいつらと遊んでいたかったのなら、悪かったな」 「加藤、彼女は命の恩人だぞ。お前だけじゃない、私や生き残った全員の恩人だ」 「そんなことはいいから、早く外へ!」 レーヤにしても神仏に身を置く者。 寺社を焼き払うのは苦渋の決断であった。 とりあえずは、安全な位置まで避難した。 振り返ると、もう完全に炎に包まれた三門。 「ところで君は誰なんだね?」 加藤が喋る前に問う瀬川。 彼もそれには興味があり、黙って目を向ける。 「私は東京、天台宗務長官の華僑林麗夜。これでも…父の遺言により、天台の座主を継ぎました」 「何と! あの華僑林天膳のご子息だったとは」 「かなりの変わり者だと聞いていたが…」 「こ、こらっ加藤💦」 一瞬その身なりを見て、うなずきかけた瀬川。 慌てて誤魔化した。 「人を見た目で判断するもんじゃない。刑事にあるまじき基本だぞ!」 (それって…💧) 何気に少し凹むレーヤ。 「刑事さん、智積院の状況は分かりますか?」 「あぁ、ちょっと待ってくれ」 瀬川の目を見て、携帯で状況を確認する加藤。 (同じ状況ならマズい…) 待つ間に、真理と鶴城が走って来るのが見えた。 軽く手を上げるレーヤ。 「…ですか?」 瀬川の問いは、二人も同類か? その意味だと理解した。 「そうです。因みに、ここ知恩院住職で浄土門主の日下部法成が、彼女の父。そして…智積院住職で、真言宗智山派座主の神崎貞生が、彼の父」 「なんと! それは…偶然とは思えませんな」 「偶然同じ大学に集うのは必然。しかし、同じ年の同じ月に生まれた偶然は…無理がある」 ニヤリと、ベテラン刑事瀬川と目を合わす。 そこへ、二人がやって来た。 「もぅダメかと思ったわよ」 「レーヤの狙い通り…って感じですね」 冷静に呟く鶴城に笑顔はない。 その表情に、加藤を見るレーヤ。 「智積院の状況ですが、火災は鎮火し、生存者もいる様です。ただ…住職の神崎貞生は残念ながら…」 「屍人は現れていませんか?」 一番に、鶴城が問う。 父の死は覚悟していたが、屍人は避けたい。 「ええ、そんな状況はなく、遺体の調査と生存者の救出が進んでいるようです」 若い二人が気になる加藤。 瀬川が間に入る。 「鶴城さん…だね。智積院のご住職とは、親しくさせてもらってました。警視庁の昴さんと、君の話も良く聞かされましたよ。大変に残念です」 「ありがとうございます。父から、親しい刑事さんがいると聞いていましたが、貴方ですね。私は大丈夫ですので、後始末を頑張って下さい」 「本当はこうなる前にと…東京を抜け出して来たんだが、遅かった様だ。すまないツルギ、マリ」 傷だらけで、ボロボロのゴスロリに、三門が燃えている理由も理解できた。 責める要素は何一つない。 「智積院へは車を出すから、乗って行きなさい」 「助かります、瀬川刑事」 加藤が警官を呼んで、パトカーで送る様に伝える。 「瀬川さん、三人を案内します」 「あぁ、頼む」 一礼して、加藤について行く三人。 それを思い出したかの様に、瀬川が呼び止めた。 「麗夜さん。刑事の経験上だが、先回りされたなら、決まって内通者がいるもんだ。気をつけて」 「実は私も、それを考えてました」 軽く笑んで、パトカーに乗り込むレーヤ。 その笑みに、敢えて尋ねはしない二人であった。
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