【参】陥落

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風神と雷神、観音二十八部衆を左右に。 背後には、1001体の千手観音を従えた、一際大きな千手観音菩薩。 それに対峙する三人。 「南無妙法蓮華〜覇羅陣供世縛(はぁらぁじんくぅぜぇばく) 統輪我昰修命胞力(とぉりんがぁぜいしゅうめいほぅりき) 開心業千手観音蓮華(かいしんごぅせんじゅうかんのんれんげぇ)…」 唱え始めた途端、レーヤの合わせた手と、全ての掌に光りが灯り、その声が堂内に響き渡る。 これに抗うかの様に、二十八部衆と1001体の千手観音像が金色の輝きを放ち、中尊千手観音の水晶の瞳が青白く光り、レーヤを見下ろし威嚇する。 レーヤの声が力強さを増す。 それに反応し、雷神が稲光を身に纏い、風神を幾つもの細い(つむじ)が囲む。 レーヤの白光(はっこう)が増し、対する金光(こんごう)が堂内に広がり、建屋が軋む。 この異様で壮絶な状況に、身動きはおろか、瞬きさえも出来ない信幸。 (何という法力。たった1人で、1030体の全てに負けずとも劣らずとは!) 摩訶不思議な現象への驚きより、レーヤの力への感嘆の思いが増し、恐怖すら感じた。 唱え初めてから、5分ほど経った時。 「ビッ!ビシュビシュ!」 レーヤの頬に細く赤い筋が走る。 衣服は無傷のまま、体も薄く斬られ血が滲む。 (フッ…苦し紛れにそう来るか) 切れた頬から血が伝う。 その頬で、笑みを浮かべるレーヤ。 (ならば…) カッ! っと目を開き、靴を脱いで歩み出た。 そのまま、目の前に座した千手観音の台座に登る。 更にその膝に足を乗せて立ち、光る眼を見下ろす。 「なっ! 何を!」 驚きの余り、思わず声が出た信幸。 本堂が破裂せんばかりに観音像達の光が増し、『グォォオーン』と唸り音が重たく響く。 傷口が開き、身体中を血が流れ落ちる。 それを気にも留めないレーヤ。 をそっと…観音の頬に添えた。 威嚇の青白い光が、一瞬揺らいだ。 その瞳の奥を覗き込む様に屈む。 そして、諭す様に呟いた。 「そう案ずるな。我は敵に在らず。皆と同じ千手の法力を持つ者。そして皆を統治し、導くべき生まれた蓮華王菩薩の化身」 『皆』と呼ばれた観音像。 それらの光から『敵意』が消えた。 「我を認め、その力を貸せ。それが必要となる(とき)が近い。皆、この蓮華王と共に在れ❗️」 その瞬間。 全ての光が、中尊観音像を通じて、次々とレーヤの体へと注ぎ込まれて行く。 「グッ…」 さすがにその強さと衝撃に、声が漏れた。 レーヤの白い光が、金色に変わる。 切り裂かれた傷口が閉じられ、跡さえも消えた。 そして。 それを見定めたかの様に、雷神と風神の光が、鶴城と真理の体へと消えた。 「ありがとう」 光の消えた瞳に礼を言い、像から降りるレーヤ。 そこへ歩み寄る二人。 「レーヤ」 「マリ、ツルギ。風神と雷神の役目は、千手観音を護るためとも言われるが、それは違う」 「えっ?」 「それでは…その役目とは?」 「確かに護りもするが、本当の役目は、千手観音からこの世を守ること。つまり、その長となった蓮華王の暴走を止めるために在る。だから、良く覚えておいて。いざとなれば、私を殺してでも世の中を守ること」 「そんな⁉️」 「まぁ…そうならない様に頑張ってみるわ」 ニコリと微笑むレーヤ。 それでも不安気な二人。 (蓮華王菩薩とは…親父(おやじ)も面倒なことを) 「信幸さん、全て終わりました。近くに美味い京料理の店はないかな? 力を使ったら腹が減った」 まだ信じられない出来事の後。 急に振られて慌てる信幸。 「えっ?…あ、はい💦 あります。この時間でも、頼めば大丈夫なはず。電話してみますね」 咄嗟に手に持った携帯に… そのド派手な、ゴスロリデコレーションに気付く。 「こ…これ、お返ししますね💦」 「ありがと。外の運転手…じゃなくて刑事さんの分もお願い。良かったら信幸さんもどう?」 「いえ、私は留守を預かる身ですから」 断って電話を掛ける信幸。 「マリにツルギ。悪いけど、知恩院と智積院へは寄らず、このまま東京へ戻るわよ」 「えっ? ま…まぁ私はいいけど。どうせ父は東京だし、知恩院は無くなってしまったから…」 知恩院の事態が起きると思う筈はなく、無理矢理始発に呼ばれた代わりに、久しぶりに京都でのんびりと…と考えていた真理。 「私は、父の葬儀を済ませるまでは…と考えてましたが、警察から遺体が還されるには、恐らく一週間は掛かるでしょう」 「決まりね。敵の思惑通りにはさせない」 「どういうこと?」 「なるほど…マリ、知恩院と智積院を襲撃したのは、私とマリをレーヤから引き離すのが目的」 「多分そういうこと。さて信幸さん、ありがとね。本堂も仏像も壊さずに済んで良かったわ」 いざとなれば、戦うつもりだったレーヤ。 「はい。見たこと聞いたことは、誰にも話しません。話しても、信じられないでしょうし」 出口まで見送ってくれた彼から、店の情報を貰い、車に戻った三人。 「お待たせ。とりあえずお昼にしましょ」 「おっ、いいね」 真理から紙を受け取り、ナビに入力する村上。 智積院の惨状が流れるラジオは切った。 「そうそう、関空から銃で撃たれた客を搬送し、行方不明になってた救急車。高速の監視カメラに、和歌山方面へ向かっているのが映っていたらしい。何がどうなってんだか」 首を傾げながら車を出す。 「和歌山?」 ポツリと呟いたレーヤ。 その脳裏で、嫌な予感が渦巻き始めていた。
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