【参】陥落

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麓の九度山町から22km、車で約40分。  曲がりくねった山道の先にある盆地。 標高約800mの平地に、100を越える寺院が密集する宗教都市、通称『高野山』がある。 弘法大師こと空海が開山した、真言密教の聖地。その中心が高野山金剛峯寺(こんごうぶじ)である。 「これはこれは真姫羅(まきら)様、久我山様とご一緒に、まだ東京かと思っていましたが」 その出で立ちに首を傾げながら、久我山宗守の代行を務めている大僧正の永里(ながさと)が出迎える。 「これは永里(ながさと)様、お留守番をご苦労様。我が寺のセキュリティーは、中々大したものですね。」 境内と外周はもとより、町の入り口から、金剛峯寺の監視カメラが作動している。 「はい。私も正直驚いております。それに何よりも、意外と言っては失礼ですが、忙しい」 冗談のつもりか、目が笑い掛けている。 麓の寺から、まさかの抜擢に、喜びは隠せない。 「秘書の榊原(さかきばら)も連れての東都行き。全てをお一人でこなすのはキツイでしょう」 「一応…秘書も代役を立てて頂きましたが、榊原久遠(くおん)様の様には参りません」 代役もつい最近、榊原が雇い入れた者。 二人で右往左往している様子が、目に浮かんだ。 「宗守様からの伝言がある。至急、この町の幹部連中を本堂の会議室へ集めてください」 「真言寺社を全てですか?」 「そうだが、何か問題でも? 今はあなたが高野山真言宗の座主。一声掛ければ5分で集まるはず」 「ですが、今朝の浄土宗と智山派本山の火事で、各寺院は警戒を強めている最中で…」 「だからその対処について、宗守様からの緊急指示を伝えるものだ。分かったなら急げ!」 宗派内では恐れられている真姫羅の存在。 強い口調に、返事もなく慌てて走って行く。 その生真面目な彼の姿に、眼を細める真姫羅。 本堂へ向かいながら、使い捨て携帯を掛ける。 「龍虎(りゅうこ)、全て完了か?」 「はい、全てご指示通り京都東寺へ」 「皆を集めた。会議室へ来てくれ」 返事は聞かず切り、無造作に投げ捨てる。 それへ念を呟き、指先で印を切った。 「ボッ🔥」 一瞬にして発火し、燃え尽きる携帯。 炎魔が得意とした『爆炎術』の一つ。 あらゆる物質の分子に働き、瞬時に超高熱化する。 そこでふと、気付いた真姫羅。 (客の姿が…ない。火災のせいか?) 無関心、自己中心の現代の日本において、その可能性は低いと分かっている。 (まぁ…好都合ではあるが…) 釈然としない真姫羅。 だが今は、目前の任務が最優先であった。 その頃。 九度山町から高野山への国道を、1台のタクシーが登っていた。 またほぼ同じ頃。 東京都町田市にある光明治東京別院の前にも、1台のタクシーが停まった。
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