【参】陥落

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真姫羅が言った通り、5分後。 本堂に併設した大会議室に、45人が集結した。 何れも高野山真言宗の幹部、と呼ばれる面々。 ただ違っていたのは、時間通りに集まった理由。 永里は、座主代理として招集できる器ではない。 宗守の側近、真姫羅から伝言があると伝えた。 幾人もの邪魔な権力者や要人。 それを『閻眼心呪』の術で、暗殺したと言う噂。 中には、その術により、宗守までもを操っているのでは? と疑念を抱く者もいた。 それ程に恐れ、ここへの足を急がせたのである。 全てを読んだ故の5分であった。 「あれが、真姫羅か?」 「女とは聞いていたが、まだ若い娘とは」 「やはり、ただの噂じゃないのか?」 普段、側近でありながら、人前には出ない真姫羅。 その姿を見た者は極一部の者のみ。 それがまた、彼女への恐怖心を煽っていた。 広い畳の間に座した面々。 囁かれる声は、全て聴こえていた。 (フッ、噂かどうかは…すぐに分かる) ニヤリと笑んで、真姫羅が立った。 両手で印を切り、呪文を唱える。 思わずビクッ!っと、身を引く皆んな。 それを境いに、静けさが会場を包み込んだ。 異様な空気を感じ、周りを見渡す者もいる。 「案ずるな。結界を張り、外の音を遮断しただけだ。逆に言うなら、ここでの会話が外に聞こえる ことは無い」 濃い紫のパンツスーツに、髪を結い上げた美顔。 その容姿からは、想像できない低く響く声。 囁きはピタリと消えた静寂。 生唾を飲む音さえ聞こえた。 そこで一呼吸、間をとる。 緊張感に、冷や汗が浮かぶ面々。 「宗守様からの指示を伝える」 その瞬間。 全員の心が、真姫羅に向いた。 その隙を逃さず、呪文を囁き印を放つ。 そしてまた、ニヤリと笑んだ。 その理由を考える余裕は、今の皆には無い。 余りにも自然に、座した者達の間を歩いて行く。 誰も動かず、宗守からの言葉を待った。 出口まで着いた真姫羅。 向こうを向いて振り向かない幹部達。 正面に座して、敢えて目は合わさない永里。 ふと、弟子の龍虎とは目が合った。 その目を見つめながら、真姫羅が言い放つ。 「今からここで、全員死ぬまで殺し合え❗️」 重たく響く強い声。 それが全員の心から頭の中へ届いた。 くるりと向きを変え、部屋を出てドアを閉める。 結界を出られるのは、彼女ただ1人。 (龍虎、許せ) 唯一、彼女が悔いた者である。 中で起きている惨劇など、気にもしない。 本堂を出た真姫羅。 大きく手を振り、その空間に印を切る。 そして目を閉じ、唱えた。 『豪炎法爆、滅❗️』 その途端。 境内の全ての建物から、炎が立ち昇った🔥。 その音と匂いを、暫し感じ取る。 (全任務、完了) 心で呟き、ゆっくり目を開けた。 その次の歩みが…。 その先に漂う、感じたことのないモノ。 それがもう、真姫羅を取り込んでいた。 身体中の汗腺から吹き出る汗。 (これが…恐怖か? この私が?) 生まれた時から能力を持ち、知らず知らず間接的に、大勢の者を殺してきた。 父も母も兄も、家族や親戚も全て。 友人となるはずの者も、全く知らない者も。 恐怖の意味すら知ることはなく。 その『恐怖』が、そこに居た。 真姫羅のを以ってしても、姿は見えず。 しかし間違いなく、ソレは…居る。 (お前、面白い力を持っているな) 突然頭の中に聞こえた声。 「誰だ! どこにいる❗️」 (見えないか…所詮は妖術師。残念だよ) この空間の何処かには居る。 もう一度、大きく印を切り、呪文を唱えた。 (無駄だよ。確か…結界とか言っていたな。私の結界の中にいる限り、お前は無力だ) 「聞いていたのか⁉️」 全く感知できていなかった。 (客がいないのも、鼻からこいつの仕業か!) あの時感じた、妙な違和感。 その原因が、今すぐそばに居た。 (少し違う。お前の放つ力が強くて、聴こえたんだよ。それは褒めてやる。そうだな…可哀想だから、姿くらい見せてやるか。だが、その前に) その途端、何かが真姫羅の両手首を掴んだ。 (3本指だと⁉️) 捕まれ、凹んだ手首を見て分かった。 そしてそれが、自分の手を見る最後となった。 握られた両腕が、捻りながら背中へ回される。 「バキバキバキ! ブチン!」 「ぐぁぁああアアーッ❗️」 肩から先の骨が砕け、筋が音を立てて千切れた。 更にそこへ… (うるさい) 「バキャ!」 「ガハッ❗️」 恐らくは拳で、喉を真正面から潰された。 堪らず膝を突き、地面に顔から落ちる。 「ア…ア…ウ…」 息ができず、転がってもがく。 その目が、ついに男の姿を見つけた。 「高野山は、真言とか言う宗教の聖地だと聞いた。潰しておこうと思い寄ってみたが、お前のおかげで手間が省けた。礼を言うよ」 しゃがんで顔を近づける男。 頬を地に付けたまま、怒りの目で睨み返す真姫羅。 チアノーゼ症状で、青紫色になった唇。 それでも噛み締め、流れ出す血。 充血して真っ赤な目。 それを見下ろしながら頬笑む男。 思考は停止し、怒りだけが生きていた。 睨みつけた目から光が消え…命が尽きた。 「殺すには惜しかったか?」 他に誰の姿もない空間に、問いかける。 しかし… 「喰ッテ…イイカ」 答えではない声がした。 「そう言えば、腹が空いた頃だな。好きにしろ。東洋では、力のある者ほど、喰らうと力が付くらしい。まるでつまらん映画だな」 言葉通り、つまらなさ気な顔と声。 立ち上がり、タクシーへ向かう。 「先に行くよ」 返事はないし、期待もしていない。 ただあの音だけは慣れず、早く立ち去りたかった。 男の後ろで、三本指が真姫羅の腕を掴む。 力任せに引き千切り…その肉を喰らい始めた。
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