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〜東京都港区高輪〜
久我山将生の遺体は、まだ警視庁預かりである。
東別院にて、仮の葬儀を済ませた宗守達。
真言宗高輪ビルのロビーで、一息ついていた。
その受付の電話が鳴った。
表示を見て、榊原久遠が出る。
「翡翠、何か分かったか?」
「榊原様、現地の寺院に確認したところ、高野山本山は全焼し、集まっていた幹部達は全員死亡。それから…真姫羅様も遺体で発見されたと」
「何だと⁉️ 幹部達が勝手に集まって何をしていたんだ? それに、あの真姫羅が?」
その名に、宗守が反応した。
「真姫羅がどうかしたのか?」
「宗守様、それが…全焼した本山で、遺体で発見された様です」
「真姫羅が死んだだと⁉️」
珍しく立ち上がり、声を荒げる宗守。
その姿に、新月 結女が目を細める。
「各寺社の幹部達も集まっていた様で、全員死亡したとのこと。一体何を…」
「幹部などどうでも良い❗️真姫羅について、詳しく調べて報告させろ❗️」
「は…はい! 翡翠、聞こえたな? 直ぐに詳しく状況を調べろ。県警の畑山刑事部長に、宗守様からの指示だと伝えて、情報を全て回せ!」
「分かりました。直ちに!」
「あの真姫羅が死んだだと? 信じられん。一体誰に殺られたと言うのだ…クソッ!」
側近というのは立て前で、宗守が最も信頼していたボディガードであり、暗殺者であった。
ただ、それだけではない。
得体の知れない力に、養護施設が見放したところを引き取り、我が子の様に育てたのである。
妻も子供もいない宗守にとって、唯一心を許せる存在であり、愛情を注いだ娘であった。
「私は所長室にいるので、情報は直ぐに知らせろ。県警には、殺った奴を必ず見つけ、殺さずに確保しろと伝えろ」
怒り露わに言い放ち、部屋を出て行った。
安堵のため息が、残った者から漏れる。
「榊原様、真姫羅はなぜ高野に?」
反応を確かめるため、知らないとは分かっていて、敢えて尋ねた新月。
「私の方が聞きたいものだ。将生様の仮葬儀にいない時から、おかしいとは思っていたが…」
「皆さん、本日はご苦労様でした。今日のところはお引き取りください」
東京にある高野山真言宗の寺社から集まり、残っていた何人かの住職達を、新月が追い出した。
タブレットを操作し、部屋の監視カメラと、盗聴器類を全てオフにする。
「カメラは切りました。榊原様、翡翠に私を監視させていた様ですが、私は将生様の死に、一切関与していません。むしろ怪しむべきは、妖術を使える第一発見者の翡翠の方です」
急な追及に、渋い顔を見せる榊原。
「やはり気付いていたか。では翡翠が将生を殺しておいて、屍人使いの術をかけ、自作自演で成敗したと言うのか?」
彼とて、翡翠を信頼している訳ではない。
ただ、彼女には動機が考えられず、新月が所長の座を狙っての犯行かと、疑っていたのである。
「屍人使いは、かなり高レベルの術。しかし、近くにいて死体を動かすくらいなら、並の妖術師なら可能かと。あの見事な対処も、納得できます」
「なるほど。まだ慣れぬ私の代わりに、執務をこなしながら教示してくれる君を見て、私の疑念は間違いだと思っていたところ。悪かったな、この通りだ勘弁してくれ」
真摯に深く頭を下げた。
「分かって頂けて良かった。真言宗の傍ら、占星術や陰陽道を学ぶ私に、不審感を持つのも分かります。しかしそれは先望力と防御のため、所長の座への野心は、毛頭ございません」
榊原の目を見て述べる新月。
それにうなずき、笑顔を見せる榊原。
「ところで…」
誤解を解いた上て、新月が話を変える。
「天台寺社への付火は、浄土真宗の炎魔の仕業。しかし今回の知恩院と智積院は、ここだけの話、真姫羅を遣った宗守様の企みと思ってました」
「やはりそう考えていたか」
慎重な性格の榊原。
口にせずとも、同意ということである。
「高野山もやられ、真姫羅様が殺されたとなると、話は違って来ます」
「なぜ奴が高野山にいたかはさておき、謎だな」
「知恩院では、本物の屍人使いがあった様です。真姫羅様をも倒す力。同一の術師による可能性があります」
「知恩院の件は、私も警察から内密に聞いた。多数の屍人に術をかけ、真姫羅をも倒すとなれば、かなりの術師。思い当たる者は誰だ?」
「天台宗にもいますが、手を出すとは思えません。浄土真宗の狩川 楓呪に祗園 火輪。浄土宗の日下部 真琴に那智 蓮華。真言宗豊山派の七山 佐介。曹洞宗の華柳 知念に…」
不確かな者に、言葉が詰まる。
「呪鬼か?」
榊原も、噂には聞いている。
「はい。先に述べた者の法力はかなりのもの。しかし、全員が今は東京にいます。所在が不明なのは、呪鬼のみかと」
「所在どころか、存在すら不明だがな」
「曹洞宗管長の平賀 永人は、かなりの策士で曲者。東京宗務会議で面識のある神巳沢 蘭に会って、探りを入れてみます」
「私は宗守様とマスコミで手一杯だ。その件は君に任せる。念のため、翡翠には知らせずに動け」
鳴り出した電話に出る榊原を後に、部屋を出る。
(しかし…なぜあの三人が京都に…)
話しはしなかったが、華僑林麗夜と日下部真理、神崎鶴城のことが気になっていた。
仏教界はまだ、新たな敵のことを知らない。
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