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〜港区高輪〜
品川プリンスホテル メインタワー38階。
7つの和食店と個室が並ぶ「味街道 五十三次」。
宿番名が店名となっており、品川駅から東京湾方面に面した和食の『品川』、東京タワー方面に寿司の『日本橋』、新宿方面に鉄板焼『三条』、富士山方面にしゃぶしゃぶの『藤川』。
名店に囲まれたフロアの中央には、天ぷらの『小笠原』、串揚げの『桑名』、焼鳥・おでんの『亀山』がある。
日本橋のスカイビューカウンターにて。
「では引き続き、よろしく頼みます」
彼が席を外しかけた時。
ワイングラスを片手に、通りかけた辻桐 宗馬。
「おおっと、危ねぇ!」
ぶつかるつもりがスルリとかわされ、溢すつもりのグラスを、二本指で挟んで止められた。
(さすが…と言うべきか)
感心する宗馬と、目を合わせて笑む。
「これはこれは、華柳 知念さん。さすがは柔術の師範、助かりました。危うく彼女の白いスーツを、赤く染めてしまうところでした」
わざとだと言うことは、見抜かれている。
片目を瞑り、宗馬も分かっていると伝えた。
「ご存知とは光栄だが、昼間からワインとは羨ましい。興味があればいつでもお越しください」
丁寧に華麗に一礼し、スッーっと去る知念。
思わずうっとり見つめる彼女。
(なるほど…そう言うことか)
気になった知念を追い、それで納得した。
そして、思いもしない相手を見つけた。
彼女が引き掛けた椅子に手を掛ける。
睨み上げる前に、隣に座った。
「大学の教師とはね…ちょ〜っと無理があるな」
「他人にケチつける前に、学生は学生らしく勉学に励む様、麗夜さんを指導してはいかが?」
「加世 氷見子。高野山が焼かれたと言うのに、白とは何とも浅はかな」
宗守の密偵であるため、葬儀にはでていない。
もとより、高野などどうでも良かった。
「平賀 永人が送り込んだ、二重スパイってところか。意外だったが、相変わらず抜かりがねぇ狸ジジイだ」
「はて? 何のことやら。曹洞宗は、天台と真言には中立的な立場。華柳様には、将生様の式の様子を尋ねたまで」
「ならいいが…お前ごときが、あの宗務総長とねぇ。まぁせいぜい気をつけな」
引き止めた宗馬が、先に席を立つ。
「おっと、そう言やぁ…授業で予定のない、千手観音を講じたとか。それも偶然、滅多に現れないレーヤの目の前でね。平賀の指示だろうが、その辺にしとけ。今日のツーショットを、久我山に送ったら、果たしてどうなるか」
「クッ!」
(私を脅すつもりか!)
去って行く背中を睨みつける加世。
残されたワイングラスを、一気に飲み干した。
(そんな…これは)
改めて見たが、もう宗馬の姿はない。
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