【壱】古都炎上

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〜港区芝〜 東京グランドホテルの玄関ドアが開いた。 受付の3人が揃って迎えに出る。 「おはようございます、花柳様」 宗務総長が来るとは聞いていない。 対応に焦る3人。 (フッ…当然か) 「早朝より突然の訪問、すみません。お気遣いなく。長官の神巳沢(かみざわ) (らん)様はいますか?」 ここは曹洞宗が経営するホテル。 2階には、宗務庁本部がある。 「はい…もう執務室へ来ておりますので、少々お待ちください」 受付へ走り、伸ばした手の先で電話が鳴った。 一瞬驚いたが、直ぐに出る。 「彼は総長ではない」 「えっ? では蘭様…」 玄関前に、金の『下がり藤』マーク付の車が着いた時から、蘭は執務室の監視モニターで見ていた。 「華柳知念です。2階の第一応接室へご案内しなさい」 「わ…分かりました」 その存在は当然知っていた。 しかし、寸分違わぬ双子を見分けるのは難しい。 電話を切り、エレベーターへと案内する。 (確かに…フルネームで蘭様を呼ばないか) さっき感じた違和感を思い出す。 その様子を愉しむ知念。 「ややこしゅうて、誠に申し訳ない」 わざと京都言葉と抑揚で、ニコリと微笑む。 テレビに出る程の人気も理解できた。 「こちらこそ、失礼しました」 直ぐにドアが開き、第一応接も目の前にある。 宗務庁が2階であることに、ホッとした。 「お掛けしてお待ち下さい。飲み物は…」 「できるなら朝は、煎茶をお願いしたい。インスタントで構いませんので」 「畏まりました」 部屋を出ると、直ぐ前に蘭がいた。 「きっと煎茶でしょ? 私もそれで」 そう言って、ノックもせずに中へ入る。 そう言えば花柳総長も朝は…と、思い出した。 「初めまして、早朝からアポなしですみません」 「いえ、この時間に予定はないので」 それを見越しての訪問である。 蘭も分かっていた。 「しかし…ホントに瓜二つで、言葉に困るわね」 「ハハ、私は一介の住職。宗派は違いますが、仏教界では蘭様が目上になります。お気遣い無用」 人当たりの面では、総長とはかなり違い和らか。 とてもその裏の顔が、妖術師とは思えない。 (いや…既にそれも術式が成すものか?) 「曹洞宗(こちら)の華柳様も、あなたの様な雰囲気であれば、どんなに楽なことか」 本心であった。 「宗務総長となれば、そうはいかないでしょう。色々と周りが面倒になるので、もう10年以上会ってはいませんが、分かる気はします」 「だから昨年の挙式にも…」 列席はおろか、祝電さえなかった。 「お互いにね」 見図ったかの様に、同じ時期に式を挙げた。 「面倒ですよね、同じ名前の双子ってのは。しかしながら、華柳流柔術は一子相伝の武術。そしてその師範は、代々華柳知念を名とします」 「なるほど。一子相伝は、(あなが)ち1人の子に受け継ぐと解釈しがちですが、それは歳の違う兄弟がある場合。双子を想定したものではないわね」 恐らく訪問の意図とは、全く違う会話。 そうと知りつつ、時を稼ぐ蘭。 「その通り。先に生まれた順など理不尽。父は私達2人を伝承者としました。ただ同じ戸籍に、読みも文字も同じ名前は、憲法が認めておらず、弟の私は母方の京都に移りました」 「そうでしたか。では、この先はそれぞれに一子相伝となるわけですね」 蘭にはどうでもいい話であるが… 「それについては、何も言えません」 その答えと、微かな笑み。 それが意味するものを、理解した蘭。 (ここまでか…) 無駄話の限界を悟った。
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