【壱】古都炎上

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丁度届いた煎茶を一口。 「それで?」 この直球の問いが、本来の蘭である。 しかし… 「不正疑惑の件で、確かめたいことがあります」 投げた直球が、想定の位置から外れた。 感情を顔に出さない蘭の瞳が、一瞬大きく開く。 「何故、あなたがそれを?」 問いながら一連の始末を思い出し、彼と事件との接点に頭を巡らす。 「実は告発した彼とは親しい仲でして、話を聞きました」 「そ…そうでしたか。しかし、あの件はもう片付き、飲酒運転を揉み消そうとした、神奈川支部長には罰金を支払わせた上で解雇し、今は収賄の罪で服役してます」 「はい。飲酒運転も、それを揉み消そうとしたことも事実です。しかし…1000万とは、少々釣り合わないのでは?」 「裁判で判事が述べた通り、あの刑事の息子さんは小児癌で、多額の治療費が必要でした。それ故、要求しても不思議はありません。相手は曹洞宗宗務庁の支部長で、社会的な体面もあります」 「確かに…世論はそれで納得したでしょう。警察組織と曹洞宗を相手に敗訴した彼は、社をクビになり、私へのメッセージを残して自殺しました」 「お悔やみ申し上げます。しかし…告訴した汚職については勝訴したはずでは? 恐らくは、他に何か悩みでもあったのではないでしょうか?」 そう言った蘭の前に、スマホをかざす知念。 『呪殺は実在する』 たった1行だけのメール。 蘭の目が険しく細まる。 「彼が死ぬ前に、私に送って来たものです」 (やはり、それか…) 自殺した彼の知人と聞いて、覚悟はしていた。 「彼は飲酒運転の他に、何人かの要人の不審死についても、訴状に書いていました」 話しながら、スーツの内ポケットから取り出した何枚かの紙を、テーブルに広げる知念。 蘭の微妙な表情の変化を覗きながら。 「これは彼が残したコピーのコピーです。何故か提出した原本は、どこにもない様です。それを見越してか彼は、敢えて手書きで記載しています」 念の為の筆跡鑑定狙いである。 「このことについては、裁判の中で論議されることはなく、異議も申し立ても却下されたそうです。あの刑事が事件の担当だったのにです」 話は聞いていたが、詳細は知らされていなかった。 手は触れずに、全てを読んだ蘭。 (クソッ…平賀永人❗️) その心中で、曹洞宗管長への怒りが燃える🔥。 「こんな…こんな要人の呪殺なんて、公式な裁判の場で、議論や審議されるわけないでしょう」 予想通りの反応に、小さく笑む知念。 その笑みに、図られたと悟る。 「やはり神巳沢(かみざわ)さんは、良い人ですね」 「あなた、最初から」 「それを確かめたかった。そろそろもう1人の私が来る頃。双子ってのは不思議なもので、無意識に同じ行動をしていて、私もこの時間なんです」 そう言って資料を回収し、名刺を渡した。 「このことは、あなたが信頼できる者以外には、秘密です。呪鬼についてもね」 「分かったわ。廊下の奥の階段から、裏に出れます。カメラは切っておくから」 ニコリとして、スルリと出て行く知念。 (全く…その笑顔はやめて欲しいわ💦) 直ぐに受付に電話を掛けた。 「今朝はここには誰も来なかった。いいわね! 喋ったら即クビだから」 ここでは長官の蘭がトップであり、彼女の決断力の早さは誰もが知っている。 最初から裏で待たせていた車が、ビルを離れる。 その表には、花柳知念総長の車が停まった。 (呪鬼…か) 曹洞宗に居ると噂されている妖術師。 その正体も、実在さえも謎のまま。
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