【壱】古都炎上

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〜京都府京都市東山区〜 浄土宗総本山の知恩院(ちおんいん)。 まだ街の音も僅かな6:00少し前。 浄土門主(じょうどもんす)の日下部法成は、久我山将生の本葬儀と、久しぶりの娘に会うため、東京へ行った。 留守を預かる、中村大僧正が朝の勤業を終えた。 修行中の僧侶たちは、清掃作業に勤めている。 厳しさで有名な中村。 怠けるものや、私語する者は1人もいない。 と…その時である。 (んんっ?) 「…ガン、ガン、…ォォォオ…」 広い境内の御堂から、聞こえ始めた音と唸り声。 それが秒刻みで増していく。 「何なのだ?」 近くにいた僧侶に尋ねるが、分かるはずはない。 何かに怯え、手に持つ(ほうき)が震えている。 本堂へと踏み出した瞬間。 殺気を感じた中村。 「グゥオォオ!」「ビュン!」 振り向く間を与えず、あり得ない速さでその体を、箒が右横から薙いだ。 「ぐぁ❗️」「バギャ!グゥワジャ!!」 右上腕がへし折れ、肋骨から胸骨までが砕けた。 肺が破れて心臓が潰れる。 数メートル先の地に落ちた体で、まだ残る意識だが、必死で生を確かめようともがく。 「(むくろ)に成り果てるが人の道。それほどに生きたいか…哀れなもの。教えをたて前に、(むご)い仕打ちをして来た罰と思え」 見下ろす(さげす)みの瞳を最後に、魂が絶えた。 それと同時に、奥の方で火の手が上がる。 「怨・凛・鎮・隠・焚ァア!」 指先で印を切りながら、術式鎮舌の呪文を唱えた。 その右手を左肩に乗せ、横一文字に振り切る。 「ブォンッ!」 境内に広がる空気の波紋。 ぴたりと止む音。 「さて…」 先ほどまでの唸り声は消えた。 遠くからサイレンの音が聞こえて来る。 静まり返った7万3千坪の境内。 その不自然な空間で、本堂から一気に阿弥陀堂、御影堂(みえいどう)が炎に包まれた🔥。 集まり始めた人々。 それに触れもせず、気付かれもせず。 隙間風の様に寺を後にした。 それを観ていたには、気付くことなく。 「その程度か、実につまらん」 そこは、高さ24m、幅50m、屋根瓦約7万枚。 日本最大規模の木造門、国宝三門の上階。 「祇園も久しい。置き土産でも恵んでやるか」 鮮やかな木目の床に、しゃがんで掌を置く。 暗闇が朝日を遮り、床に赤く紋が描かれた。 それから5分後。 消防車と救急車が着いた頃には。 消すまでもなく、燃え尽きた知恩院。 だだひと(ところ)。 三門だけを残して。
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