これって運命なのか?

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 あれから一週間が経った。  俺は毎日学校が終わるとダッシュで電車に乗る。  ドキドキ緊張しながらイスに座っていると、あの子が隣に座ってくる。  右側だったり、左側だったり日によって違う。  スマホを見ているフリや車窓を眺めて、俺はなるべくキョドっておかしい行動をしないように気をつけた。  もちろん、ちゃんと汗拭きシートで体を拭いて、髪の毛は手ぐしでなおしておく。  不思議なことに、彼女が毎日見ている本の内容が、色んなことが載っていて面白い。  平安時代の人たちが暮らしている様子が描かれた綺麗な絵。  そうだと思ったら、地図。しかも古代中国の。  漫画のキン○ダムでみたことある、あの『(しん)』『(せい)』とかの春秋戦国時代だ。  あとは、数字がズラーッと書いてあって見るだけで疲れそうな年表とか。  見たこともない人物が印刷されたお札やピカピカの金貨、銀貨を含む昔のお金。  よくわからない名前がびっちり書かれた、蜘蛛の巣のような緻密な形の何処かの家の家系図。  毎日何を読むのか、少し楽しみになってきている自分がいた。  だってびっくり箱みたいに予想がつかな過ぎて、わくわくと探究心? 好奇心を刺激されたんだ。  最初に持ち合わせていた、勝手に本を覗き見していた遠慮はいつのまにかなくなり。  その本の内容に誘われるように、彼女の本をこそっと見るようになっていた。  でも、それにしてもこんなに色んなことが載っている本ってなんだ?  年表とかだと日本史の雑誌? でも中国は世界史だし……。 「便覧の84ページに載っている『枕草子』の『山ぎは』と『山のは』の違いは……」  やべっ! 古典の時間に考えごとをしていたら、最近おしゃれになって彼女ができたと噂の井田センがこっちに歩いてきた。  ぼーっとしていたことがバレたら、訳を当てられるのは確実だ。  やって来ていないこともないが、出席番号で当てられるのが確実な日でもないのに答えるのは、何故か悔しい。  なんか損した気分になるんだよ。  それに、見知ったクラスの奴らだけど、大勢の前で声を出すのは緊張する。  ピカピカのとんがったつま先の靴が、音を立てながら、俺の席まで迫ってきた。  この前までくそださいサンダルでいつも同じ靴下だったくせに。男子校でおしゃれしても無駄だぞ!  心の中で文句を言いながら、急いで机に積んでいる便覧を開く。  古典辞書よりも使わない『国語便覧』なんて、入学して初めて開くかも。  真新しい紙特有のぴんと角が尖った弾力と匂いのする国語便覧をぱらぱらめくり、枕のそうし、と探していく。  すると、見たことのある十二単を着た女の人が出現。  思わずそのページで手がとまり、視線が引き寄せられた。  は?! もしかして……。そんなことってありえるのか?  いや。彼女やあの本のことを考え過ぎて、見間違えたのかもしれない。  一旦落ち着こうと、ページを開いたまま目を閉じ、深呼吸。もうこの頃には井田センのことは頭にない。  深呼吸しても収まらない心臓の拍動は、早くなっていく。ページを持つ手がじんわり汗ばむ。  意を決してそのページに目をやれば。  あの十二単の着方をイラストで紹介してある。着ているおかめ納豆のキャラみたいな女の人が一緒だった。 「?!!」  ど、どうしよう?!  パニックになった俺は、勢い良く顔を上げ教室に視線をウロウロさせる。  そこには眠そうに目を擦る静がいたり、背中を丸めて一生懸命ノートに落書きしている友人の桜衣もいる。  いつもの光景に、便覧を持って震えていた手がほんの少し落ち着いた。  だってこうでもしないと、体の奥底からこみ上げる嬉しさでこの国語便覧を抱えて走り出して、叫び出したい衝動が。  そのあとは、便覧を見ながらにやにやする顔を授業中便覧に顔を埋めて隠すのに必死。  だって、これ持ってあの子に話しかけて仲良くなって。  それから、それから。  想像がとめどなく頭の中に沸いては消えて『いとをかし』。  井田センにあてられても、全然嫌じゃなかった。でも、ちょっと声が上ずったのは恥ずかしかったな。  頭の中はそのことでいっぱいになりながら、その日は過ごしたんだ。  でも帰り際、やっぱり夢だったんじゃないかって不安になって。  古典終わって速攻でカバンにしまった『国語便覧』。  確かめるように、またぱらぱらと捲る。  おかめ納豆さんもいるし、年表、キン○ダムの地図も載っていた。  夢じゃない。現実だ。  もうこれは運命なんじゃないか。  だって、だって、同じこんな使うか使わないかの本を持っているなんて。 『国語便覧』が俺とあの子を引き合わせてくれたんだ!  そのままカバンに国語便覧を戻し、俺はいつもどおりにダッシュで駅に向かう。  今日こそ話しかける。  もう言うことは決めている。 「国語便覧読むの、面白いよね」
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