つきあいたてのふたり

6/6

147人が本棚に入れています
本棚に追加
/173ページ
「着いたぞ」 「ありがとうございます」 「ん、荷物忘れないようにな」  夕方、紫崎が住むマンションの前に車が到着してしまった。  名残惜しいけど、隣の紫崎に濃かった二日間を締め括る別れの言葉を送らないとならない。  手を伸ばして後部座席から荷物を取り終えた紫崎を、俺は控えめに見つめた。 「昨日も今日も、いろいろありがとうな。ちょっと、びっくりさせることもあっただろうけど……これからもよろしく。また明日、職場でな」  そのまま、手を軽く挙げて照れ隠しで微笑んで、送り出そうとした。  そうしたら、紫崎に手首を掴まれて、引き寄せられた。 「んぅっ、ん!」  無防備だった唇に彼の唇が押し付けられて、胸が切なく締め付けられた。 (こんなことされたら、離れたくなくなるっ……)  短いキスだけど、触れた唇の感触はよく残った。  紫崎は、顔を真っ赤にして焦る俺に笑みを向けた。 「会社じゃ触れられないから、しとこうと思って。それに、車の中でもしたそうだったから」 「なっ!?」 (ば、バレてたのか!?)  顔は十分真っ赤だろうに、更に赤さが増している気がしたけど。 (あっ、し、したそうって……キスの話だけだよな……)  頭の中では自分で自分を落ち着かせようとしていた。一瞬、頭がクールダウンする。  でも、紫崎の方が上手(うわて)だって思い知った。 「休日前の夜、人気のない道走るのも楽しそうだし……メインはその後だろうけど、皐月さんとまた車で出掛けられるの楽しみにしてるから。それじゃあ、帰り道気を付けて」  紫崎は、目を見開いて硬直する俺を置いて帰っていった。  口には出していないのに感付かれていて、しかも引くどころか提案までしてくれた。  恥ずかしさで脱力し、俺はハンドルに頭を着けてもたれ掛かった。 (付き合った後の紫崎って、やばい……沼に嵌まる)  自分のこんな所も愛そうとしてくれる彼の姿勢には恐れ入る。  いつまでも残る唇の感触や彼の気持ちを愛しく思いながら、俺はまた車を走らせた。
/173ページ

最初のコメントを投稿しよう!

147人が本棚に入れています
本棚に追加