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「そうだよ。それに、退院して出勤し始めた頃には歩く私を支えてくれたり、何かあれば言って下さいって……優しく言葉を掛けてくれたものだよ」
「紫崎がそんなことを……」
見た目や物言いで誤解されやすいから、俺はよく気に掛けていたけど。他にも紫崎のことを理解してくれた人は居たらしい。それに。
(やっぱり優しいのか……紫崎は)
恋人が他人に褒められるのは嬉しいもので、自然と顔がほころんだ。
そんな俺の顔を、楽しそうな瞳で覗き込む顔があって。
「ずいぶん嬉しそうだな」
水無瀬さんの言動にドキッとして、変に慌ててしまった。
「あ、いやっ……紫崎は勘違いされやすかったからっ、理解者が居てくれて嬉しかっただけでっ! あっ、俺お手洗い行って来るんでっ! 水無瀬さんは事務所で待っていて下さい!」
心の中まで覗かれそうだったから、焦った様子でトイレに駆け込んだ。きっと、課長も不審に思っただろう。
トイレのドアを閉めて一息吐くと、ちょうど目の前に紫崎の顔があった。
びっくりして「わっ!」って声も出て、心臓を押さえて鼓動を静める。
「ご、ごめん紫崎っ。道塞いじゃってっ……びっくりした」
「別にいいですけど……俺もすみません」
「えっ、なんで?」
謝る理由を聞くと、紫崎は視線を逸らして。反省した様子で後頭部を掻いていた。
「いや、皐月さんの昔の知り合いだって聞いて……嘘は言ってないけど、棘のある言い方になったから……皐月さんの顔に泥塗ったかと思って……」
俺は少し呆けていたけど、頭の中で瞬時に解読し、感激して口元を手で覆った。
(付き合ってるのは知らないけど、嫉妬して、でも俺の立場のことも考えてくれたのか……なんていい子なんだ)
彼は俺の心情に気付いていなくて頭に疑問符を浮かべていた。
それでも、喜ばしい衝動を抑えられなくて、俺は行動を取っていた。さっきの課長の話も併せた上でのことだ。
「紫崎は気にしなくていい。お前はそのままでいいから」
保護者的な温かい瞳をして、彼の頭を優しく撫で回した。
「撫でないで下さい」
「えー?」
不服そうな彼の注文を笑って誤魔化す。
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