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かなり心配になっていたが、彼女達の発言で場の空気が変化し始めた。
「紫崎くん、可愛い……」
(えっ!?)
その発言を聴いた男性社員達は、肩を震わせて笑いを堪えていたが、我慢が利かなかった様で。どっと笑いが起こった。
「紫崎っ、係長と仲良いもんな!」
「紫崎が冗談言うと思わなかったっ、腹痛いっ」
紫崎が珍しく冗談を言った。周囲はそういう認識らしい。
(俺には絶賛修羅場中に見えるんだけど……)
不機嫌マックスっぽい紫崎と、不敵に微笑む水無瀬さん。二人の間に火花が散って見える。
紫崎にとっては失礼極まりない話だろうけど、このチャンスを生かさない手はなかった。
一度しゃがむと水無瀬さんの腕から逃れ、俺は二人の間に割って入る。
「そ、そういうことなのでっ水無瀬さんっ。今回はホテルを取ってもらえますか? む、紫崎がヤキモチ妬くのでっ」
この場を収める為に苦笑いを浮かべながらそう言った。けど、言ったことは本心だし、嘘でもないと思う。
紫崎は、ずっと水無瀬さんから目を離さない。
そして、俺達を鼻で笑った水無瀬さんは、降参する様に両手を挙げた。
「参ったな。皐月が部下からこんなに慕われてるなんて思わなかった。仕方ないから、今回はホテルで一人寂しく寝るとするよ」
一連の流れは、その他の社員達からは茶番でしかない。その様子を、みんなクスクス笑っていた。
俺はホッとしたけど、紫崎の表情は不機嫌なままだ。
要求が叶わなかった水無瀬さんは腕時計を確認。あからさまに残念そうな顔で肩を竦めた。
「結構長く居たし、そろそろ行こうかな。ホテル取らないといけなくなったし」
「あっ、昼食買ってきたんですけど……」
「それはホテルで食べるよ」
買ってきた物を思い出してビニール袋を慌てて差し出したが、彼はそれをスルー。
自分の荷物を置いた俺のデスクに真っ直ぐ向かい、鞄を手にしたら笑顔で振り返った。
「だから皐月。下まで送ってくれないか」
「あ……わかりました」
デスクに席着いている課長に水無瀬さんはお辞儀をし、また事務所入口前に戻ってきた。
そして、そこに居た紫崎に、嘘っぽい微笑みを浮かべた。
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