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「またね、紫崎くん」
「……はい」
二人の間で、俺にはわからない感情が交わされたみたいな、空気を感じた。
紫崎のことを気に掛けて視線を送ったけど、彼は水無瀬さんの背中を睨んでいた。
俺は見送る為に水無瀬さんの後を駆け足で追い、エレベーターの降下ボタンを押した。
彼が喋り出したのは、二人でエレベーターに乗り込んで、扉が閉まってからだった。
「……彼と付き合ってるの?」
「えっ!?」
「紫崎くん。仲良いから取らないでって言ってたし、ずっと俺の方睨んでただろ?」
関係を見破られ、動揺して視線をうろうろさせた。
迷ったけど、水無瀬さんに背中を向けたまま、うつ向きがちに事実を告げることにした。
「……はい、付き合ってます。最近付き合い始めたばかりだけど……すごくいい子ですよ」
すると、真剣みのある低い声が背中へ返ってきた。
「昔の話とか……ゲイだってことも言った?」
小さく頷いて、うわべの付き合いじゃないことも示した。
「ちゃんと聞いてくれた上で、俺と付き合ってくれています」
「そうか。まぁ、あの態度を見る限りでは、ご執心なんだろう。でも」
彼の身体が俺の背中に触れ、俺の顔すれすれを彼の手が通っていった。
扉サイドの壁に手を着いた水無瀬さんは、狭い範囲に俺を閉じ込めた。彼の顔は、俺の耳元に近付く。
「長くはもたないぞ」
「っ……」
「彼、ノンケだろ? 本人同士が今は良くても、周囲がどうなるかはわからない。彼の両親がこちらに嫌悪を示したら、子供を望んでいたら、紫崎くんを家族から無理矢理引き剥がすことを、コタはしないといけない。そんなの……優しいコタには無理だろ」
先のことをあまり考えないようにはしていたけど、水無瀬さんが言ってることは事実だ。
そもそも、俺が部下達を可愛がるのは、子供を可愛がる代わりみたいなもの。
俺に子供は出来ないから、そういう寂しさを別の何かで補うしかない。
俺と違って紫崎にはそういう未来もあることは、当然わかっている。
だから今は、幸せの絶頂に浸っていたかった。
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