しゅらばだときづかないで

6/7

147人が本棚に入れています
本棚に追加
/173ページ
 まだ先のことでも、考えると胸が苦しくなる。うつ向いて胸元を握りながら、紫崎には内緒にしている気持ちを吐いた。 「いつか、彼の家族に反対されたり、紫崎がそういう道を選んだなら……俺はちゃんと身を引くつもりでいます。今は本当に彼を好きだけど……俺達の恋愛は、本当にどうなるかはわからないから。こんなの、俺を好きで居てくれる紫崎には絶対言えないけど……」  カミングアウトをした時よりも、傷付きそうだって思った。  情けない顔をしながら笑っていたら、水無瀬さんは俺の肩に頭を預けた。 「……浮気したら?」 「は……?」  とんでもない発言に、怒りを通り越して呆然とする。  水無瀬さんは、そのままグリグリ頭を動かして、犬みたいに擦り寄ってきた。 「ここに同じ境遇の優良物件が居るんだから、傷付く前に俺に乗り換えて、傷浅くしたら?」  俺のその後を想定しているみたいな発言だった。俺のことをよく知っているから、お見通しらしい。  でも俺は、清々しいくらいはっきり告げた。 「それは絶対しない。水無瀬さんに対して、もうなんの気持ちもないんです」  その直後、エレベーターは止まった。  扉が開く直前に水無瀬さんは俺から離れて、小さな声で言った。 「それは残念……ここに戻ってきたのは、俺にはかなり未練があったからなのに。しつこく上司に頼み込んで戻してもらったの、無駄になったかもな。あんな年下の恋人、居ると思わなかった」  エレベーターを降りて、眉を下げながらこちらに笑みを向けた水無瀬さん。  俺はどういう顔をしていいかわからず、困り顔になった。  そんな俺を見た水無瀬さんは、俺が持っていたレジ袋からおにぎりとお茶を取り出した。 「でも、まだお前を諦めてないからな。俺は彼がどんな人間か全然知らないし……見極めさせてもらうよ」  それ等を自分の鞄に仕舞いながら、低い声でまた小さく言った。 「気に入らなかったら、お前を奪うからな」 「っ……水無瀬さっ」 「それじゃあ、また来月な! 昼食、有り難く奢られる!」  寄りを戻したいと言われても困るから、拒否する言葉を言おうとしたのに。  水無瀬さんは俺の話に耳を貸そうとはせず、俺に手を振って笑顔で会社を後にした。
/173ページ

最初のコメントを投稿しよう!

147人が本棚に入れています
本棚に追加