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「もう……」
午前中はハッピーだったのに、今はどんよりした気持ちになってしまって。
エレベーターの閉まるボタンを押した後、力無く壁にもたれ掛かった。
(先のことは考えたくなかった。終わりはすぐに想像出来るから……)
深く溜め息吐いてたら、事務所のある階にエレベーターは止まった。
扉が開いたら、人陰があって。
「えっ……」
険しい顔をした紫崎が立ってた。
何を話したらいいのか一瞬わからなくなっていて、一応確認していた。
「え、エレベーター乗るのか……?」
紫崎は低いトーンで、俺の質問に答えた。
「違う。戻ってくるの待ってた」
「そ、そっか……」
エレベーターから降りると、彼は俺の手を撫でる様に握った。
彼が身体で見えない様にガードはしていたけど、事務所近くでバレないかとドキドキした。
紫崎はあらぬ方向を睨みながら、鋭く言い当てた。
「あの人、皐月さんの元彼だろ……見てて腹立った」
「あー……えっと……ごめん」
「……二人になってからなんか言われた?」
「いや……大丈夫。ごめんな、心配掛けたみたいで……」
目を泳がせて謝ることしか出来なかったけど、紫崎は俺を責めなかった。ただ、落ち着き払った声で言ってくれた。
「別に、昔の人だし……あの人が皐月さんをまだ好きでも……渡す気なんて更々ないから。俺の方が良いって、言わせるから」
未来のことばかり考えて暗くなっていたけど、今は本当に幸せだって、改めて実感した。
「ありがとう……」
心の奥底に暗い気持ちは仕舞って、紫崎に精一杯の笑顔を送る。
けれど、これからの生活が少々波乱含みになるから、忠告はすることにした。
「あの……さっきのは珍しい冗談で落ち着いたけど……会社で水無瀬さんと喧嘩はしない様にな……?」
紫崎は、握っていた俺の手に力を込め、据わった目で冷たい声を発した。
「冗談で言ったつもりないけど……あの人から喧嘩を売られたら、退く気はないから……そのつもりで居て」
(……何かあったら止められないかも)
俺の恋人は頼もしいし、意外に愛が深くてかっこいいけど、怒らせると結構やばい。
付き合う前に起こったED騒動を思い出しながら、教訓を深く胸に刻み込むことにした。
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