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元彼が新しい課長と知って、気持ちが乱れた時もあった。
けれど俺は、日が経つに連れて平常心を取り戻していった。
水無瀬さんが帰った数日後には、紫崎にしっかりと調教的な心の矯正をされ。しばらくは心が揺らぐことがなかった。
それにここ最近は、水無瀬さんのことを考えてる隙もないくらい忙しかった。
仕事終わりは、今日の準備に追われていたから。
今日は長年お世話になった課長が最後の出勤で、職場では俺が花束を贈呈した。みんなの前で泣きはしなかったけど癒しの喪失感もあったから、しばらくは目の奥が痛かった。
仕事終わりには、会社近くの居酒屋で一度帰宅した課長と合流。その後は、部下達みんなと賑やかに過ごした。
数時間後、慰労会はただの飲み会になっていたが、軽く酒を飲んでいた課長も楽しそうだった。
家で妻が待っているからと、課長が早めの帰宅を申し出たから今は俺がタクシーを呼んで。酔っ払いの部下達はそのままに、店の外で迎車を待つことにした。
課長と話すのはこれが最後。寂しさで涙が出てきそうだったけど、なんとか堪えていた。
課長は、いつも通りの穏やかな笑みを浮かべていて、ゆったりと喋り出した。
「今日はありがとうね。久しぶりに若い子達と飲めて楽しかったよ」
「楽しめてもらえたなら良かったです。でもみんな、酒のせいでちょっとはしゃいでて……絡まれて大変じゃなかったですか?」
苦笑いで尋ねると、課長は小さく笑って首を横に振った。
「近くには紫崎くんが居てくれたからね。何かされそうになっても怒ってくれていたから、平気だったよ。彼は本当に良い青年だ」
尊敬する人にそう言ってもらえて、胸の奥が熱くなった。
で、つい言葉と涙が溢れてしまっていた。
「ありがとうございますっ」
袖口で涙を拭うけど、全然止まらなかった。
(やばっ、絶対泣くタイミングおかしいっ)
課長は少しびっくりしていたけど、ふっと優しい笑みを浮かべて俺の背中を擦ってくれた。
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