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「彼も、君の様な上司を持てて幸せだねぇ。私も、部下に恵まれた良い人生だった」
「課長の人生……まだまだこれからじゃないですかっ」
「まぁ、妻とのんびり過ごしていくよ。しばらくは家事をスパルタで叩き込まれる期間が続きそうだけどね」
「大変そうですね……」
泣きながら笑っていたら、店の引き戸が静かに開いた。
「課長……あ」
「紫崎っ」
「おや……見送りに来てくれたのかい」
少し急いでいた様子の紫崎に泣き顔を見られて、俺は少し焦っていたけど。最後に彼と会えた課長はとても嬉しそうだった。
紫崎は課長の前に立つと、深々と頭を下げた。
「今までお世話になりました……これからは身体に気を付けて過ごして下さい」
「ありがとう」
癒される二人を見てほっこりしていたら、呼んでいたタクシーがちょうど目の前に停まった。
「迎えが来たね……それじゃあ失礼するよ」
「はい、お気を付けて帰って下さいね」
俺がそう言うと、課長はまた「ありがとう」と言ってくれたけど、乗り込む前に振り返って。
「そうだ……紫崎くん」
「はい」
俺の隣に立つ紫崎の肩を叩いて、彼を見上げながら最後にこう言った。
「皐月くんは、周囲のことにはとても気を配ってくれる良い上司だけれど……自分の弱い部分を人には決して見せない。それなのに、人の為に尽くし過ぎてしまったりする傾向があるから、仲の良い君が彼の支えになってくれると、私は安心出来る。水無瀬くんも居るが……君の方が皐月くんも心強いと思う。頼めるかい?」
紫崎と顔を見合わせて一緒に驚いたけれど、紫崎は微笑みを浮かべて納得した様子だった。課長の方を向くと、力強くはっきりした返答をしていた。
「もちろんです」
紫崎の表情を見た課長は、穏やかな柔らかい笑みを浮かべてタクシーに乗り、帰って行った。
深くお辞儀して見送った後、俺は頭を上げ、難しい顔付きで紫崎に確認を取った。
「……課長、俺達のこと知ってたりはしないよな?」
「知らないとは思いますけど……きっと、課長も近くで皐月さん見てて、何か感じる部分があったんじゃないですか? でも……」
無表情でも、紫崎の顔は勝ち誇っている様に見えた。
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