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突然の事で喋れなくなった俺とは逆で、江森さんは明らかに形勢逆転。本人はそんな雰囲気を醸し出してはいなかったけど、俺と紫崎との関係について言及した。
「私は、そういう事に対して、差別も偏見もしてきたつもりはないですっ。でも、男の人に負けたとかっ、認めたくないっ。どうせだったら、もっと美人な女の人に取られた方が良かったっ」
心臓が痛い。
「私はもうっ、芳哉に好きになってもらうことは無理かもしれないけど……貴方がっ、芳哉を取らないで下さいっ」
江森さんは、ずっとうつ向いていて、苦しそうに喋っていた。
俺は彼女の訴えを聞きながら、顔を見られて言われないだけマシだと感じていた。
誰にも見せられない、とても酷い顔をしているに違いなかったから。
「……辛い思いさせて、ごめん」
きつく目を瞑って、ゆっくり頭を下げた。
江森さんが顔を上げたのを感じ取って、今度は俺が声を振り絞る。
「俺と紫崎は付き合い始めたばかりだけど……紫崎はこんな俺をとても大事にしてくれてるから、俺のことで彼に迷惑を掛けることはすごく避けたい。だから、撮った画像で紫崎を貶めることだけは、避けてくれないかな?」
次に喋ることは、本当に守って欲しいことだった。
「何かするつもりなら……それは俺だけにして欲しい」
だから、この時だけは強い意思を示したくて、江森さんの瞳をちゃんと見て伝えた。
俺と瞳を合わせた彼女の表情は、動揺しているみたいに見えた。
(脅されることも、こっちは想定しているけど……)
不安を感じながら彼女を見ていたら、江森さんは伏し目がちに想像通りの言葉を発した。
「私がお願いしたら……芳哉とは別れてくれるんですか?」
息苦しさを感じたまま、俺は慎重に言葉を選ぶ。
「……紫崎には何もしないって約束してくれるなら、俺はそういうことも考えるつもりだけど……」
「っぅー!」
怒りの気持ちとかが漏れたみたいに、江森さんは息を細く鋭く吸った。そして。
「っ……許せないっ」
「えっ……? っ!?」
言葉と一緒に、彼女の目からぼろぼろ涙が零れていた。
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