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俺は、紫崎のことでは彼女に何もしてあげられない。脅されると思っていたけど、彼女を責めることも俺には出来ない。
言葉に出すのは憚られたけど、今は心の中で江森さんに深く感謝した。
じっと江森さんを見つめていたら、真っ赤な瞳が俺を映した。
「さっきは、酷いこと言ってすみませんでした。最初は信じられなかったけど……係長さんは自分のことより他人のことを大事にしているし、私にはそんな大人の余裕ないから……多分そういう所が私はだめなんです」
自分を卑下する彼女に、俺は苦笑いを返した。
「俺もそんな余裕あるわけじゃないよ。紫崎にはかっこ悪いとこばかり見せてると思う。でも、こんな俺を選んでくれたから……精一杯努力して、彼に見合うようになりたいと思ってる」
(自信とか、全然ないんだけどな。俺、ただの性欲強い奴だし……)
頭の中ではそう思っていたけど、彼女にそんなことを言える筈はない。
控えめに笑みを作って、敵意がないことを示すしか出来なかった。そんな俺に、江森さんはびっくりしている。
でもそれは一瞬で、俺はすぐに真面目な顔付きを作った。
「紫崎との関係に関しては本当にごめんとしか言えないし、俺は君に何もしてあげられないけど……君には前に進んで欲しい。どうか、俺と紫崎のことは許して欲しい。本当にごめん」
深く頭を下げたら、彼女の震えた声が微かに聞こえてきた。
「っ……私こそっ、ごめんなさいっ。こんなこと言える立場じゃないけど、芳哉のっ、側に居てあげて下さい……」
痛々しげな声に耳を傾け、この時は彼女の言葉を素直に受け取った。
でも、心は晴れない。
今回は、一応いい形で決着したけど、これから先も別の形でこういうことは起こるだろう。
大事な人を奪う罪も、俺はこれから重ねていくことになる。
(俺が紫崎と一緒に居れるの、いったいいつまでなんだろう……)
心にずっとある不安を、俺は誰にも言えない。
涙を流す江森さんを慰めながら、俺はひっそり孤独感を感じ始めていた。
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