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心にモヤモヤを抱えたまま、遂にこの日を迎えた。
今日は、水無瀬さん初出勤日。
自分の中では気持ちに整理が付いていて。ただ紫崎と水無瀬さんが揉めなければいいって、少し前はそんな風に考えていた。
けれど、今の俺は心が不安定だ。
「おはようございます……」
控えめな声で事務所に入ると、部下達からバラバラな挨拶が返ってくる。
水無瀬さんはもうデスクに着いていて、俺に気付くと軽く手を挙げて挨拶してきた。表情は楽しそうで、微笑みを浮かべている。
後で業務についていろいろ話はするだろうから、今は軽く頭を下げる挨拶だけで済ませた。
そして。
「おはようございます係長」
デスクに荷物を置いていた時に、紫崎から声を掛けられた。
振り返って、それに応えはするけれど。
「あ……おはよう紫崎。今日も頑張ろうな」
昨日のこともあって、ちゃんと笑えているか不安になった。
昨日、江森さんとの間に起こったことは二人だけの秘密。
彼女は既に充分傷付いている。わざわざ紫崎に報告して、彼女の評判を落とすこともしたくはなかった。
だから、俺から彼女に提案して、あの件はなかったことにした。
それを知らない紫崎は普段通り。俺には優しく微笑んでくれていたけど、隠している感情が表情に滲んだのかもしれない。
彼は俺の顔を覗き込んで、首を傾げた。
「……なんか、元気ないですか?」
「えっ!? あ、いやっ、そんなことないぞ! ちゃんと元気だっ! 休み明けだから、まだ調子出てないのかもなっ」
言い訳染みていて逆に怪しまれてしまいそうだったけど、問題はないと強くアピールした。
それが不審に見えたらしい紫崎は、俺がおかしい理由を水無瀬さんだと思ったみたいで。
ちらりと彼に視線を向けた後、小さな声で俺に告げた。
「何かあったら言って。会社だから揉めない様にはするけど、牽制はするから」
俺を想って行動してくれようとする紫崎の気持ちは、やっぱり嬉しい。
でも、不安とかモヤモヤはいつまでも消えてはくれなくて、強がることしか今は出来なかった。
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