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紫崎と付き合えて幸せ。今はそれだけでいい筈なのに、俺は紫崎との関係が長く続かないことばかり考えてしまう。
しっかりしなきゃって、自分の頬を叩いて気合を入れて。俺はやるべきことに戻った。
午前中はどうにか集中し、昼休みを迎える。
作業員達が事務所に戻り始めて、もちろんその中には紫崎も居た。
すぐ気付いたし、視線も合ったけど、俺はつい目を逸らしてしまう。
それで、紫崎が俺に近付くきっかけを作ってしまった。
彼は無表情で俺に近付き、デスクに手を置いて軽く腰を屈ませた。
「……係長、ちょっといいですか?」
「どっ、どうしたんだ?」
動揺する俺の耳に、彼の低い声は優しく染み渡った。
「話があるんです。社食、付き合ってもらえませんか?」
(きっと、心配させてるんだろうな……)
戸惑いはあったけど、俺を気に掛けてくれる紫崎を強く拒否は出来なかった。
「わ、わかった。じゃあ行くか」
少し悩みはしたものの、うつ向きがちに頷いて、彼の誘いに俺は乗った。
─ ─ ─ ────
社員達が大勢居てざわめく中、俺と紫崎は静かだった。
定食を注文して、室内の隅に座って二人並んで食べていたけど、しばらくは無言。
でも俺は、この沈黙が少し有り難かった。
話があると言っていたけど強い追及等がなくて、ただ側に紫崎が居てくれる。それで少し、冷静さを取り戻し始めていた。
「あの……」
お互い食べ終わった頃。コップに口を付けていた俺へ、遠慮がちな彼の小声が届いた。
「やっぱり、重かったですか?」
「えっ?」
思わず横を見た俺の目に、気まずそうな表情の紫崎が映った。
「合鍵渡してから……様子が変になった気がしたから……後になって重く感じたのかと思って……」
思い違いをしている彼に、俺は勢い良く否定の言葉を掛けた。
「違うっ! あれは本当に嬉しかったからっ」
「でも今日、なんか元気ないし、俺に対してよそよそしくないですか?」
「それはっ……そういうのじゃなくて……あのっ……紫崎がしてくれたことに対してどうってことはなくて……」
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