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紫崎の方は、怖くて見れない。でも今、俺の方を見ているんじゃないかって気がしていた。
そして。
「ど、どうした?」
作業員の驚く声がしたから、思わずそちらに視線を向けたら、紫崎は立ち上がっていた。
顔はうつ向きがちだったけど、身体はドアの方に向いていた。
「……顔洗ってくる」
さっきまでの様子が嘘みたいにスタスタ歩いていて。付き添う意思を示した作業員達が置いていかれる程。
しばらくしてから、戻ってきた紫崎を一瞥したらすっきりした表情をしていた。
俺の方に視線が向くことも、一切ない。
(もう吹っ切れたのか……)
自分の発言で彼を傷付けた癖に。立ち直った姿を見て、俺は勝手に傷付いていた。
(自分が嫌で仕方ない……)
作業員達が事務所を出ていくまで、情けない顔はデスクに伏せたまま。
出ていった後は、事務の子達に心配されながらなんとか仕事をこなした。
その時水無瀬さんは、紫崎のことを何も言わなかったけど、ずっとにこやかだった。
─ ─ ─ ────
いつもなら、規定の終業時間前には仕事を終わらせて早めに帰れる様にするが、今日は違う。
午後の仕事は気分のムラでスローペースになってしまったから、部下達に申し訳無くて。
明日からの仕事をスムーズに行える様、書類整理や依頼先の情報を軽くまとめることにした。
けど、遅く帰る理由は他にもある。
仕事を終えた作業員達は日誌や報告書を書いてから退勤する。だから、会社を出るのが遅い作業員も多い。
報告書等を提出されるタイミングで相談を受けることもあるから、俺はわざと残ることも。
でも今日は、私情による理由がでかい。
偶然にも、今日は紫崎が日誌の当番で、他の作業員達とまだ事務所に残っていた。反省点等を同僚達と話し合いながら仕上げているんだろう。
ちらちら様子を窺うと、彼は真剣に仕事に取り組んでいた。
今は作業を邪魔する気はない。けれど、終わった後に紫崎と話せないものかと思案していた。
とても怖いけど、自分勝手な発言をしたことは謝りたいし、これから先のことも考えたい。
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