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自分のやることを片付けながら、何食わぬ顔で提出を待っていた。
すると。
(……来たっ!)
休憩用のソファから紫崎が立ち上がったのを気配で察した。
俺のデスクに向かってきている。
かなり緊張していたけど、向き合おうと覚悟を決めて彼の方を見たその時。
「あ、日誌提出? お疲れ様」
トイレに行っていた水無瀬さんがちょうど自分のデスクに戻る途中、紫崎と対面した。
俺のデスクの横で、偶然にも紫崎と俺の対面を阻む形で。
「…………これ、お願いします」
水無瀬さんの大きい背中が目の前にあって、紫崎の表情は少ししか見えなかった。
無表情で、なんの感情も読み取れない顔。
彼の鋭い瞳は水無瀬さんを真っ直ぐ見ていて、俺を映すことは一切なかった。
(……本当に別れたんだ俺達)
紫崎は俺と水無瀬さんに背中を向けると、同僚達とそのまま事務所から出ていった。
日誌を渡すのは係長の俺でも、課長の水無瀬さんでも、事務の子達でもいい。
誰でも構わないけど、今は俺であって欲しかったって気持ちが強くて。
「っ!? ……コタ?」
事務所で水無瀬さんと二人っきりになると、絶望感が強くなって。脱力しながら突っ伏し、でこを強くデスク面に打ち付けた。
でこよりも、心の方が何倍も痛かった。
俺が自分で言ったことだから、当然の結果なのに。俺を見ようともしてくれなかった紫崎の態度で、恋の終わりを実感した。
音に驚いて俺の方を振り返った水無瀬さんの手は、俺の頭を撫でてきた。表情は見えなかったけど、声は穏やかに喜んでいる。
「食堂では、コタの発言にも、紫崎くんの反応にも驚いた。でも、早い内にこうなって良かったんじゃないか? 気持ちが平気になるまでは辛いかもしれないが……しばらくしたら傷は癒えるだろ」
「っ……」
頭にあった彼の手は、ゆっくり、後頭部から滑らかな動きで項に移動して。今度は俺の背中に手を留めた。
スーツ越しに体温が伝わってくるみたいで、とても心地好く感じる。
更に、背中を撫で始めたゆったりとした手の動きが愛撫的で、興奮を招きそうだった。
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