ぶかとふたり

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 俺の声に反応して肩を小さく震わせた彼が顔を上げる。表情だけ見れば何故か涼しげに見えたけど、声は低かった。 「お帰りなさい……」 「どっ、どうした? こんな所で」  身体を屈ませて尋ねたら紫崎はすくっと立ち上がり、俺に向き合った。  がっつり目が合っていて、これから何を言われるのか身構えていたけど、心当たりはひとつ。  顔を強張らせ、目を見ながら鞄の中の合鍵を取り出そうとしたら、紫崎が口を開いた。 「今日は、会社の部下として係長の家に泊まりに来ました。泊めて下さい」 「へ?」  想定外のお願いに、一度耳を疑う。  困惑もしていたし、思っていたこととは違ったからほっともしたのか。つい口に出していた。 「か、鍵失くして合鍵取りに来たのかと思った……」  紫崎は俺の発言に目を丸くしていたけど、すぐに普段のクールな表情に戻った。  と、思ったが。 「……鍵失くしたから泊めて下さい」 「えっ、やっぱり鍵失くしたのかっ!?」  すると、ずいっと俺に顔を近付け、彼は圧を強めてきた。 「いいから、部屋に入れて下さい、早く」 「えっ!? あっ、わ、わかったっ!」  彼の態度はなんでか必死で、俺は慌てて玄関の鍵を開けて紫崎を中に入れた。 「と、とりあえず……どうぞ?」 「ありがとうございます……」  突然の二人っきりに頭が追い付いていない中、部屋に上がる様に手で促す。  靴を脱いだ紫崎は大きな鞄を漁り出して、膨らみのあるビニール袋を取り出した。 「これ、お土産です」 「え?」  中を覗くと、酒やツマミがいくつか入っていた。 「買ってきてくれたのか?」 「一緒に飲みたかったので……」 「そ、そうなのか……ありがとう」  仕事場では全く喋りもしなかったし、もう付き合ってはいない。接点も合鍵のみで、自分から喋り掛けるのも気まずかった。  最初は強引な感じがして驚いたけど、彼の優しさはそのまま。  またこうやって紫崎と飲めるとは思っていなかったから、少しずつ嬉しさが湧いてきた。  関係を戻すとか、そういうことはまだ考えられないけど。紫崎と過ごす時間は大切にしたいと感じた。
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