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始業前ギリギリ、俺は事務所の扉の前で恐怖や緊張感と戦っていた。
昨日やらかした件で紫崎と会いずらいのもある。それとは別に、自分の事を知られているという恐怖が、事務所に入りずらくしていた。
(もし、紫崎が誰かに相談してたりしたら……噂は広まってるよな。けど、腹括らないと……)
無駄に緊張感を漂わせて、俺は事務所のドアノブに手を掛け、扉を開けた。
「お、おはようございまーす……」
存在感を薄くして、とても控え目に発声したけど、俺の存在に気付いた部下は何人も居た。
俺が通路を進んで目の前を通っていく度に、誰もが明るく挨拶してくれた。
室内の様子を注視するが、いつも通り。不穏な空気は感知出来なかった。
自分のデスクに辿り着いて荷物を置いたら、事務の女性も普段通りに接してくれて。
「おはようございます! 皐月係長、今日は珍しくギリギリなんですね。いつも早いのに」
「あー、ちょっと昨日飲んで寝過ぎちゃって……」
(本当はろくに寝れなかったし、かなり早く来てたんだけど……怖くて入れなかったなんて言えない)
そんな心情を知らない女性社員は、心配そうに俺の顔を覗き込んでくれてた。
「大丈夫ですか? 朝礼終わったらコーヒー淹れますねっ」
「あぁ、ありがとう……」
うまく笑えているかわからないけど、少し安心して笑顔が溢れる。
(みんな普通だ……)
「係長」
「っ!?」
いつもと変わらない雰囲気の仕事場に、ほっとしていたのも束の間。
とても会いずらい相手の声が聞こえてきて、背筋がヒヤリとした。
恐る恐る顔を向けたら、紫崎が不審そうにこちらを見て立っていた。
「お、おはよう紫崎っ」
上擦った声を出すと、紫崎は指で頬を掻きながら気まずそうに口を開いた。
「話があるんですけど……」
「あー、えっと……だ、大丈夫だぞ」
俺にとっては、何も大丈夫じゃない。けど、当事者の紫崎だけは安心させたくて、固い笑みを浮かべながらそう言った。
「……何が?」
話が噛み合ってないと感じたらしい紫崎は不満そうで、眉を潜めた。
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