きもちがしりたくて

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 俺に身を委ねて、ぴったりくっついてくれる皐月さんに声を掛けながら、背中を擦る。  しばらくすると、返事をする様に漏れ出ていた声が聴こえなくなってきて。 「……皐月さん?」  静かに声を掛け、胸元を覗いたら、規則正しい寝息が聴こえてきた。  眠っている彼の目元には、涙が滲んでいた。そんな皐月さんの顔を見ながら、下唇を噛み締める。 (辛い想い、させたくなかったのに……苦しめてるのは俺だ)  別れた理由はわからないまま。けど、俺が皐月さんを悩ませているのは間違いなかった。  腕の中で眠る皐月さんを抱き上げると、ゆっくり寝室に運んだ。  ベットに寝かせてやってから、縁に座って寝顔を眺め、一人考える。 (このまま別れていた方が、この人は幸せかもしれない。でも……)  自分の気持ちが邪魔をして、すぐには答えを出せそうにはない。  今まで陥ったことのない悩みを経験して、恋愛の大変さみたいなものを初めて知った。  好きな相手に捨てられること。好きなのに一緒に居るべきか迷うこと。好きな相手に何をしてあげるべきか。  俺は全部を知らなかった。  今まで付き合った相手とは、一切心から向き合わず、捨てられたら相手のせいにして。自分に非があるとも思っていなかった。 「最低だな、俺……」  自分の愚かさにやっと気付き、思いっきり自分を鼻で笑った。 (もしまた付き合えたとしても、今の俺じゃ、この人を幸せになんかしてやれない……)  漠然とそう感じて、絶望感が大きくなっていたけど、皐月さんの寝顔が俺を奮い立たせた。   「……この人の為なら、恥やプライドを捨てることも……俺は厭わない……」  自分にそう宣言して思い立ち、ポケットに入っていたスマホを取り出す。  縋れるものなら、なんにでも。  そんな気持ちで、スマホを操作し、メールで連絡を取って、約束は取り付けた。  スマホを仕舞うと、もう一度皐月さんを眺めた。 「部下として来たって言ったけど……すみません。今だけ……こうさせて下さい」  申し訳無く思いながら、寝ている相手に小さな声で断りを入れた。  相手の首の下に腕を差し込み、眠る皐月さんに顔を寄せ、身体を密着。  耳元に寝息を感じながら切なく瞳を細めて、キスの代わりに頬同士を擦り合わせた。  これが、至近距離でする最後の愛情表現かもしれないと、覚悟しながら。
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