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「前に、芳哉と係長さんが、車の中で一緒に居たのを見て……そのことを聞きに改めてマンション前へ行った時に、マンションから出てきた係長さんをカメラで撮って……芳哉とは別れて欲しいって頼んだの」
「あっ、ちょっと待って紫崎! これは関係ないからっ」
勘違いされるのはまずいと感じて、動揺しながら訂正を捩じ込んだ。
「俺が紫崎と別れたこととっ、江森さんは無関係だから! 彼女はその時の画像をちゃんと削除してくれたしっ、俺にも謝ってくた! このことは二人の秘密にしようって俺が言ったんだ! だから、彼女は何も悪くないからっ」
言えることはちゃんと伝えられたから、一先ずは大丈夫だと感じたが。
「わ、別れたの……?」
信じられなそうに呟いた江森さんの表情からは、血の気が引いていた。
「ごっ、ごめんなさいっ。私があんなことしたからっ、係長さんを追い詰めてっ……私があんなことしなかったらっ」
「それは違っ……!」
勘違いを防ぐ為に説明したのに、別の勘違いを招いてしまい、俺は焦った。
口許を手で押さえ、涙声で後悔を口にし始めた彼女に、前のめりで声を掛けようとしたけど。紫崎が手でそれを制した。
彼の良さとも言えるはっきりした物言いは、今の彼女には辛過ぎる。
「あのなっ、紫崎っ」
「悪かった……」
止めに入ろうとする前に耳に飛び込んで来たのは、低く落ち着いた声だった。
俺も江森さんも、声を発した紫崎を黙って捉えていた。
彼は、江森さんに対して深く頭を下げ、静かに語った。
「智彩にそんなことをさせたのは、俺の態度に問題があったからだ。俺がお前とちゃんと向き合っていれば、そんなことにはならなかった。それに、皐月さんが俺と別れたがったのも、俺が不甲斐ないからだ。智彩のせいじゃない」
江森さんを庇った紫崎に驚いて、瞬きを忘れた。
紫崎が優しいのは知っていたけど、女性に優しさを見せる彼を見たのは初かもしれない。
それでなのか、江森さんもとてつもなく戸惑っていて、言葉を失っている。
頭を上げた紫崎は眉間に皺を寄せ、自分の言動を反省している様子だった。
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