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すると、今度は俺の目を見て、彼は気持ちを示してくれた。
「今の俺じゃ、皐月さんに戻ってきてもらう資格もないから、皐月さんがまた一緒に居たいと思える自分になれるまで、俺は皐月さんを待ち続けたい」
「っ!」
紫崎の優しい微笑みに、涙腺が決壊しそうだったけど、今泣く訳にはいかない。わざと目を逸らしてうつ向き、その場をやり過ごすことにした。
そうしたら、紫崎はもう一度江森さんと向き合い、とても心の籠った言葉を彼女に贈った。
「今、こんなことを言ってももう遅いけど……お前のおかげで、俺はこういう気持ちに気付けた。俺を好きになってくれて、ありがとう。どうか、幸せになって欲しい……」
また深く頭を下げ出した紫崎に、江森さんは唇を震わせていた。
そして。
「っ!?」
彼女は、紫崎の頭に水をぶちまけた。
ぎょっと目を見開いて、紫崎を見つめるしか、俺にはやり様がなかった。
彼は微動だにせず、頭を下げたまま静止している。
遠巻きに目撃した人々がざわざわし始めていたけど、江森さんは気にせずに宣言していた。
「言われなくてもっ、あんたみたいな最低な人よりずっといい人見付けてっ、幸せになってやるからっ」
コップを置いた江森さんは、荷物を持つとこちらに背を向けた。
そのまま店を出るものだと思っていたけど、去り際に俺の方を見て深くお辞儀してくれて。
その時の表情はとてもスッキリしていて、完全に吹っ切れた様子だった。
一連の出来事に驚きはしたけど、二人にとっては必要な儀式だった。彼女が店を出てから、一応そうやって理解はしたけど。
「む、紫崎? 大丈夫か?」
当の本人がどう思っているかはわからないから、慎重に話し掛けた。
彼は顔を上げると紙ナプキンを手に取り、額を拭いていた。
「平気です……殴られるくらいは覚悟してたし、このくらいされて当然なことを俺はしてたので」
「そ、そっか……」
こういう状況ではあるけれど、先程の発言について質問してもいいものか。迷って、彼の顔色を窺っていたけど。
「昨日は、すみませんでした」
「えっ」
唐突に謝られて、肩が跳ねた。
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