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紫崎は、向かい側に座る俺の方に端末を渡そうとしてくれた。
けど、今日は頑張って色仕掛けするって決めている。
だから、わざわざ四つん這いでテーブルを迂回して、紫崎の隣に身を寄せた。
あからさまな気もしたけど、生まれてこの方色仕掛けなんてしたことないから。まず最初に思い付いたのがくっつくことくらいで。
久しぶりに彼に急接近した。パーソナルスペースに入るのはこの関係になってからは本当に初。
体温が伝わりそうな距離感が心地好くて、テンションも上がる。
「何食べるか……とりあえず焼き鳥盛り合わせとかにするか?」
内心ドキドキしながらも、極自然に紫崎の顔を見上げた。
目に入ったのは、視線がどこに定まっているのかわからない、生気を失った瞳だった。
「……そうですね。じゃあそれと軟骨の唐揚げと、枝豆と、刺し身の盛り合わせも頼みましょうか」
「そ、そうだな……」
(どうしたんだ……目死んでないか?)
会話は普通にしてくれるけど、色仕掛け後にしては塩対応。
仕事終わりで疲れていたのかもしれない。
急接近はいまいちだったみたいで、すぐに撤退。少々腑に落ちないが、次の機会を窺う為におとなしく元の位置で酒とツマミを待った。
さっきの行動が不自然になるといけないから、誤魔化す様に雑談を振る。
「焼き鳥、たまに食べると美味しいよな。こういうとこで食べるの結構好きだぞ」
「俺もです。炭の匂いとか食欲出るし。……皐月さん、味何派?」
「俺はタレかな」
「美味しいですけど、俺は焼き鳥は塩です」
「卵焼きは甘いの好きなのになっ」
「料理によって好み変わるから」
さっきの瞳が嘘だったみたいだ。今は焦点が合っているし、会話にも快く乗ってくれる。
一瞬は気のせいだとも思っていたけど、料理とビールが運ばれてきてからも違和感があった。
箸を使って焼き鳥を串先に移動させ、それを口に運んだ時にふと気付く。
今日は、紫崎の飲みのペースが異常に速い。
俺はまだ一杯目でまだ半分残っているのに、紫崎は既に二杯目。
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