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焼き鳥食べるのに時間掛け過ぎてるのかとも思ったが、ジョッキを傾ける彼に勢いがあって。喉を鳴らしながら豪快にビールを飲んでいた。
呆気に取られ、一旦手を止める。
「今日ペース速いな。仕事で何かあったのか?」
口元を荒っぽく手の甲で拭った紫崎は、何かありげに俺から目を逸らした。
「いや、飲みたい気分だっただけで……明日は休みだし、セーブする必要もないでしょ」
いつもは雑談しながらも、ゆっくり穏やかに飲んでいる印象が強いから珍しかった。
でも、酔っていれば色仕掛けの効きも良いかもしれないと、咄嗟に閃く。
「まぁ、それもそうだな。俺もいっぱい飲むよ」
下心を隠そうと、満面の笑みで同意して。
「けど、飲むと身体熱くなるし……ちょっと脱ぐかな……」
わざとらしくそう言いながらジャケットを脱ぎ、ネクタイもほどいた。だめ押しでボタンもひとつ外し、反応を見る為に紫崎をちらりと観察したが。
「…………」
俺には目もくれず、また死んだ目でタブレットを操作していた。ジョッキももう空だ。
彼の態度に、だんだん不安が募ってきた。
(もしかして、もう俺に興味ないんじゃ…………いやまだだっ)
諦めきれず、俺もビールを飲み干してジョッキを空にした。
「紫崎っ、俺も飲み物頼むっ!」
また、紫崎の方に這い寄り、隣に近付く。
そして、タブレットを操作していた彼の手に偶然を装って人差し指で触れようとしたら。
「っ……!」
彼は、すぐに手を引っ込めた。その反応でお互い硬直していたけど、紫崎は俺と顔を合わせずに立ち上がった。
「……すみません、御手洗い行ってきます。飲み物決まったら注文しておいていいですから」
「あ、あぁ! いってらっしゃい!」
そのまま紫崎は、まるで逃げるみたいに御手洗いに行ってしまった。
取り残されて、紫崎に触れられなかった手を見下ろす。
(そりゃあ……自分勝手に振って一年以上待たせてたら……情もなくなるよな……)
彼のことは好きだけど、きっともう諦めなきゃいけない。そんな気持ちが出てきて、色仕掛けする意欲も失せ始める。
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