ごらんしん

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 紫崎との初めてを終えて二日後。俺は鼻歌を歌いながら事務所へと続く廊下を軽快に歩いていた。その理由は。 (俺、紫崎としちゃったんだよなぁ、セックス)  俺の頭の中はずっとこの事ばかりで、つい顔がニヤけてしまう。  直後は紫崎が居たし、あれこれ難しく考えていたからまだマトモだった。けど休日、一人になると実感が増してきて、ずっと気分は夢見心地。  紫崎を欲望の世界に引き摺り込んだとか、部下に手出したとか。今まで重く考えていたそういう問題が見えなくなる程、俺は浮かれていた。  欲求不満も一時的に解消され、心と身体も調子が良い。  だから、また新たに欲望が湧いて出ていた。 (一昨日は激しかったけど、回数は一回。次は何回もって事には……けど、次の約束した訳でもないし、淡白な紫崎に無理させるのも悪いし……でもしてぇ)  心の声を覚られない様に、爽やかフェイスで内面を隠しながら事務所のドアを開けた。気分はそのまま、声は高らかに。 「おはようございまーす! …………あれ?」  いつも疎らに返ってくる挨拶が、今日は返ってこない。事務所内はざわざわしていて、空気が不穏に感じられた。  さっきまでの気分が退いていき、嫌な想像が頭を駆け巡る。 (まさか、俺と紫崎の事……バレたんじゃ……)  鼓動が速くなって、額に冷や汗が流れ始める。  けれど、社員達の視線が俺に向けられていない事に気付いて、視線の先に目をやった。 「えっ……?」  社員達が見ていたのは俺の席。そこには何故か紫崎が座っていた。  目が虚ろで、無表情だけど背筋ピーン。どういう訳か、ボールペンの先を凝視し、ゆっくりノックを繰り返していた。どういう状況なのかは不明だ。  ただ、異様な光景だって認識して、頭上にクエスチョンマークを跳ばしながら紫崎を眺めた。 「あっ、係長! 来てくれて良かった!」  彼の様子に困惑していたら、俺に気付いた部下達が助けを求める如く寄ってきた。紫崎と同じ作業員達で、以前一緒に飲み会をしたメンバーだ。
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