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「笑ってんじゃねぇよ……」
ピシッと、空気が凍った。
恐る恐る振り返ったら、紫崎は心底腹を立てた様子で。
俺のシャツを下げさせると、入口近くの二人を睨み付けてそちらへ向かっていった。
二人は怯えて、動けずにいる様子。
彼は二人の前で止まり、威嚇する様に言葉を発した。
「二度と孫と爺ちゃんとか言うな……あと邪魔」
「「はいっ!!」」
紫崎が、二人にどんな恐ろしい表情を浮かべていたかはわからない。二人が俊敏に動いて両端に寄っていたのを見ると、迫力はあったみたいだ。
ドアを開けて振り返った時には、いつもの無表情に近い顔に戻っていた。
「社食、もう開いてると思うんで……行ってきます」
「あ、あぁ」
俺に対する声は穏やかで、目も優しげ。
紫崎がドアを閉じた後、入口付近の二人は「助かった」と、声を揃えて胸を撫で下ろしていた。
彼を見送った後も、背中に触れられた感覚はしばらく残った。
さっき怒ってくれたのは、爺ちゃん呼ばわりされた俺を気遣ってくれたからだろう。
彼の優しさを強く感じ、温かな気持ちに浸った。
少しだけ、何か違和感を持った気もしたけど、落ち込む部下二人を慰めている内に忘れていた。
─ ─ ─ ────
紫崎が貼ってくれた湿布のおかげで、痛みはだいぶマシになっていた。けれど、今夜も、という気分にはさすがになれず。
今夜は真っ直ぐ帰って身体を休める事にした。ある日に向けて、身体を万全にしておく為だ。
帰り支度を済ませてから、事務所でシフト表を確認し、俺と紫崎の休日を照らし合わせた。
すると、二人の休みが一致する日は、ちょうど明々後日。だから前準備として、安静日を作ることが大事だと思い至った。
紫崎とはまだ約束を交わしてはいない。でも、相手も同じ事を考えている気がする。何故だかそう思っていた。
そして、謎の自信を持ちながら機嫌良く会社から出ると、俺の前に女性が立ちはだかった。
「あのっ」
「えっ? あっ、えっと君は……」
遠くから見ていたけど、 強く印象に残っていたからすぐにわかった。
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