よそうがい

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「この前、紫崎と一緒に居た子だよね?」 「芳哉(よしなり)……紫崎君と大学時代に付き合っていた、江森智彩(えもりちさ)って云います」  手足が長くてモデル体型、顔も小さくて、間近で見てもよく目を引く綺麗な子だった。遠目では気付かなかった右目の泣きぼくろも、人を引き付ける魅力に思えた。  紺色のレディーススーツを身に纏っていたから、この辺の会社に勤めていそうだ。  二人の逢瀬を邪魔してしまって、睨まれたのを俺は覚えている。俺に真っ先に声を掛けたところを見れば、彼女も覚えていそうだが。今は愁いを帯びた儚げな表情で俺を見上げていた。 「あの、紫崎君はまだ会社に居ますか?」 「あー、どうだろう。見てないからな……」 (嘘。絶対まだ中には居る。俺の方が会社出るの、いつも早いからな)  なんとなく会わせない方が良い気がして、白々しく演技した。  そしたら、彼女は俺の腕にしがみ付き、甘える様にすがってきた。 「私、紫崎君とどうしても話がしたくて……以前お見掛けした時、彼と仲良さそうでしたよね?」 「あー、直属の上司と部下だから……まぁ」  それ以上の仲だとは、とてもじゃないけど言えない。  意中の男以外にこうやって触れてくる感じも、俺の警戒心を上げさせた。それに。 (その攻撃は俺には無意味だから、早く放して欲しいな……どうせだったら可愛い後輩からこうされたかった。絶対無理だけど、紫崎にされたら泣いて喜ぶのにな)  俺の心の嘆きに気付くわけもなく、彼女はそのまま俺に付け入ろうとした。 「私、紫崎君と別れちゃったんですけど、仲直りしてもう一度やり直したいんです。彼の上司にこんなことを頼むのはどうかしてるって自分でも思うんですけど……どうか、間に入ってもらえませんか?」  見境なし。使えるものは何でも利用する。そんな考えが透けて見えて、さすがに呆れてきた。 「悪いけど、紫崎のプライベートに俺は首を突っ込めないよ。この前、話は少し聞いたけど彼にその気はないみたいだし……もう諦めた方が……」  やんわり諦めさせようとしていたら、俺にしがみ付く彼女の手は震えていた。  最初からあざとさを持った子なのかと感じていたが、したくてしてるわけじゃなさそうだ。
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