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紫崎の発言を黙って聞いていて、今までの彼との変化を突然に感じ取った。
(あれ……前はわからないとかこだわりないとか言ってたのに、なんか変わった……?)
紫崎の変化に注目し、密かに耳を傾けて二人を凝視する。
「やってみないとわからないでしょ……だからどういう人が好きなのか教えてよ」
「言う必要ないから。他に居ないし……」
(他に居ないって、なんだ……)
詳細は語られず、一番重要な事柄が何もわからない。俺も彼女も腑に落ちず、同じ様な険しい表情をしていた。
数秒後、女の勘が働いたらしい彼女が驚いた様子でよろめいた。
「もしかして、誰か好きな人が居るの?」
「えっ!?」
俺にとっても寝耳に水で、思わずびっくりして声を上げた。
俺と彼女、二人から視線を注がれている紫崎はスラックスのポケットに手を突っ込んでいた。
視線をどちらにも合わせず、何も言わない。無表情な顔からも感情は読み取れず、推理も出来なかった。
けれど、ひとつの答えだけは絶対に覆らない。紫崎の中でそれだけは決まっているらしく、彼女にはっきりと告げていた。
「何思われてもいいけど、お前とやり直すのは絶対にないから。いい加減諦めろ」
「っ……!」
強く拒絶された上に、他人に対してかなり無関心だった紫崎が自分以外に興味を示した。
その事実があまりにも衝撃的だったらしい。彼女は拳を強く握り、目を潤ませながら小走りしてその場から去った。
やっと解放された。安堵して、肩を下げながらゆっくり息を吐いた彼の顔には、そう書いてあった。
俺はと云うと、頭の中は大混乱だった。
(紫崎に、好きな人……? えっ、マジで? 俺とこういう関係になってからわりとすぐじゃない? 俺抱いたことで何か覚醒したの? てか、もしそうだったら、俺、お払い箱じゃん)
淡白だった部下に、好みや好きな人が存在するようになった。俺が助力した理由でもあるから、本来なら喜ばしいこと。
しかし、この関係の終わりが近付いている。そう宣告されたと同じで、どんよりした、なんとも言えない喪失感が一気に押し寄せてきた。
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