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すると、後ろから紫崎の手が伸びてきて、俺の手に重なった。しかも、俺の耳元に紫崎の唇が寄ってきて。
「明日の夜と明後日の休み、予定ある?」
胸の奥がドキッとした。
「な、ないけど……」
嘘をつくべきかと思ったけど、緊張して震える唇からは、素直な返事が出ていた。
「じゃあ、そのまま空けといて」
そう言い残すと、彼は自分の手で扉を開けて、事務所へ一人で入っていった。
残された俺の顔面は、真っ赤っか。見なくてもわかるぐらい顔が熱い。
ドアにある窓が磨りガラスで助かった。
(なっ、えっ、それは普通にあんの? 何で? 好きな人居るんじゃないのか?)
頭がパニックで、事務所に入ったら何かやらかしそうだと感じた。今はまだ入れそうになかったから、一旦そこで落ち着くことにする。
深呼吸して昨日のことをまた思い出すと、ある考えが浮かんできた。
(…………もしかして嘘か!?)
自分を偽る為や不利な状況を脱する為に自らが使っていた手だ。なのに、他人がそれを使うことは考えてもいなかった。
そう思ったら、一気に視界が開けた。けど、本人に確認しない限りは、嘘なのかも断定は出来ない。
(今日中に確認しないと……!)
いつものおかしなテンションには戻っていたが、気は引き締めるべきだ。仕事もちゃんとしないといけない。
さっきやった両頬叩きを、ドアの前で再び二回ほどやってから俺は事務所に入った。
朝礼時は至って真面目に取り組み、その時は紫崎の前でもかっこいい上司で居た。
─ ─ ─ ────
俺は普段、事務仕事を早めに片付ける為に、昼食は自分のデスクで作業しながら食べていた。
近くのコンビニで買ったパンやおにぎりがほとんどだ。
だから社員食堂の利用率はかなり低い。例えるなら、卵割った時に双子だった時くらい。
昼時の食堂は、来るものじゃないと思う程混んでいた。
料金は給料から引かれるけどとても安く、作業員達の胃袋を満たす為ボリューミー。
嬉しそうに頬張る男性社員を眺めるのは目の保養になるが、今はそれどころじゃない。
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