ゆれるきもち

9/9

147人が本棚に入れています
本棚に追加
/173ページ
 腰を曲げていた俺の身体を上向かせ、両手で頬を包み込んできた。とても近くに彼の怒った顔があって、緊張する。  彼は指で俺の頬を撫でながら、目を細めた。 「今の、俺の顔見てもう一回言えよ」 「えっ……」  目が合うだけで、喉が詰まったみたいに苦しくて、拒否感が強く出てるってわかった。 「ぁっ……いやっ」 「言えよ。もう一回」  話そうとしてもなかなか言えなくて、見つめられたまま喋れずにいた。  すると、紫崎の唇ははっきり動いた。 「嘘つき」  その一言で、ぼろが出てくる。 「うっ、嘘じゃなっ……」 「俺がどうにかなるとは俺も思ってなかったけど、あんたが俺を利用するとかは違うって、俺が一番わかってるから……そんな話聞かない」 「いやっ、けどっ……」    嘘だと言われて動揺し焦る俺に、彼は力強く言った。 「俺だけがあんたを好きでも、あんたが俺の身体だけ好きでもいいから……俺が本気なのはわかって」 「っ……」  真摯な気持ちが伝わってくるから、否定が出来なくなっていた。  でも、自分で消そうとしていた本音を漏らしてでも、遠ざけた方がいい気がして。 「本気だってわかったら、俺ますます離れられなくなるから……だめだってっ。俺だって自分の気持ちわからなくなってるから……自覚したら、紫崎に迷惑掛けるからっ……だから無理っ」  一瞬、驚いた顔をしていたけど、彼はすぐ真顔になった。 「……俺は、何言われても皐月さんを素直にさせるだけだから、もう何言っても無駄っ」  背中に手を回されたと思ったら、紫崎は俺を抱き上げて運び出した。 「えっ、待っ!? やめっ、下ろしてっ!」 「ベットで下ろす」 「そっ、それもだめだって! ちょっ、いやだっ! 紫崎っいやだっ、放せってばっ!」  淡々と男を運ぶ二十五歳と、運ばれながらグーで彼の肩を叩いて駄々をこねる三十四歳。  そんな二人の攻防戦が繰り広げられている間、出来立ての卵焼きはキッチンに放置された。
/173ページ

最初のコメントを投稿しよう!

147人が本棚に入れています
本棚に追加