ほんのできごころ

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 夜の八時頃。 「お前達、あんまり周りに迷惑掛けない様になー」  酔っ払いの四人からは、元気の良い返事が返ってきた。  明日も仕事の俺と紫崎は、仕事が休みの四人とここで別れることになった。  仕事休み組はこのまま二次会コースみたいで。余力のある奴がベロンベロンの奴を抱えている。  微笑ましく思いながら手を振って見送った後、繁華街で紫崎と目を合わせた。 「あいつ等飲むペース速いし、この後もかなり飲むだろうな。本当に周りに迷惑掛けないといいけど」 「係長はそんなに飲んでないですよね。途中からウイスキー飲んでる振りして烏龍茶飲んでたし」 「あっ、バレてた?」  紫崎もわりと飲んでいた筈なのに、全然変化していなかった。洞察力も衰えてないし、動きも喋りも普段通り。酒には強いタイプなのかもしれない。  半分呆れている様子の紫崎に、俺は軽く開き直った。 「ごめんごめん、俺酔いやすくてさ。飲み過ぎると迷惑掛けそうだったし、今日はあいつ等の方がはしゃいでたから面倒見る方に回ろうと思ったんだ。明日も仕事だから、今日のところは大目に見てくれないか」 「……俺、あまり酔わないから手掛からないし、酔った係長見たいんですけど」 「えっ」  そんな事を言われるとは思ってもみなくて、夜の頻度聞かれた時より驚いた。 「あいつ等うるさくてあんまり喋れなかったし、係長と飲みたいって言ったじゃないですか。もう少し付き合ってもらえませんか」 「いや、でも……」 「帰る前に軽く。バーとかで良いんで。俺奢りますし」 「ちょっ! 力強っ!」  俺の腕を引き、ズルズルと強引に引っ張る紫崎。力には勝てそうになかった。 「諦めて下さい。行きますよ」  俺の方を振り返った彼の表情は柔らかく緩んでいて、珍しくとても楽しそうだった。  デレ期を迎えたが、こんな無邪気さを含んだ表情を拝めるなんて思わなかった。 (一応紫崎も酔ってんのかな……こんな御褒美みたいなの、ちょっと贅沢かも)  嬉しさもあったし、少し酒が入っている。だから、素直さと強引さを併せ持った紫崎を強く拒む事は出来なくて。 「仕方ないなぁ、一杯だけだぞ?」  観念した様に笑って、俺はそのまま紫崎に引き摺られていった。
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