こいのきっかけ

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 すっぱり辞めた方がスッキリすんのかなって。まだ一年経ってないのにもう思ってる。 (これもう、俺が謝る空気だよな……)  眉間に皺寄せて考え事していても、睨んでるとか言われるし、顔は下に向けてた。  このまま頭を下げようかと思っていたら、誰かが俺の肩を後ろから叩いた。 「お前等、紫崎に寄ってたかって何してるんだ?」  やって来たのは、呆れ顔した皐月係長だった。  課長はまだ出勤していなかったし、今この中では一番立場が上の人。  俺を怒鳴っていた先輩は俺を指差して、また吠え出した。 「こいつ、先輩に挨拶されたのに頭下げただけで済ましたんすよっ! 仕事中のやる気なさそうな態度も腹立つし、係長からも何か言って下さいよ!」  想像していた通りの告げ口で、もうどうにでもなれと、成り行きに任せていた。  すると、係長は苦笑しながら言った。 「何言ってんだよ。昔のお前なんて、野球部の癖抜けなくて『ウッス』しか言ってなかっただろ。頭も下げなかったし。仕事場でも気抜けた感じで、お客様にもそうだったよな?」 「えっ、あ、いや……あれは、俺の中で普通だったし……」 「あれで普通なら、紫崎もきっとそうなんだと思うぞ」  笑われながらそれを言われた先輩は、ぐうの音も出ない様子だった。  周囲も「そういえばそうだった」と、昔を思い出した様子でクスクス笑っている。 「紫崎はまだ入社したばかりなんだし、厳しくし過ぎじゃないか? 環境に慣れてなくて余裕ない頃お前達にもあっただろ? 先輩としてちゃんとしたい気持ちもわかるけど。紫崎のペースもあるから、少しずつ仲良くなりながらフォローしてやってくれ。あと……」  今度は、微笑みながら俺の方に目を向けて、係長は明るく言った。 「紫崎、普段もあんまり喋らないみたいだけど、わからないことあったら遠慮しないで周りに聞いて良いからな? ここ、体育会系の人間が多いから上下関係に厳しいのも居るけど、頼られればみんな喜ぶから」 「はい……」 「仕事上のミスとかもまだ聞かないし、集中するのは良いことだけど……紫崎のペースで先輩達とも交流してみてくれ。適当に褒めてたらみんな奢ってくれるから」
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