ほんのできごころ

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 で、一杯だけ飲むって言って、二人でバーに入ったけど。そこは少しムードが有り過ぎる場所だった。所謂オーセンティックバー。  ジャズが流れていて、照明も暗め。シックなカウンターに二人で並んで座ったものの、他の客はカップルばかり。  昔付き合っていた相手と何度かこういう場所に来た事はあるけれど、かなり久しぶりだ。  ムードのせいで欲求不満が爆発しそうだから、最初は飲むのを躊躇していた。が、隣の紫崎は急かしてきた。 「そんなに酔うの嫌なんですか? 俺が年上に奢るとか滅多にないんですから、飲んで下さい。一杯で動けなくなったら俺送っていきますから」 「あ、いや、酔うのも心配だけど……何か場違いみたいな……」  心底意味がわからないみたいな顔して、紫崎はグラスを持った。 「男二人でもおかしくないでしょ。カップル多いからですか?」 「まぁそうだな……」 「別に関係ないし……さっきの居酒屋よりは落ち着いてゆっくり飲めるし、話せるでしょ。ここでゆっくり一杯だけなら、そんな酔わないだろうし」  グラスを唇に着けて澄ましている彼の横顔に、俺は目を丸くする。 (さっきは俺の酔った姿見たいとか言ってたのに。もしかして……俺が飲むの我慢してたから、話しながら落ち着いて飲める酔いずらそうな店チョイスしてくれたのか……?)  そう考えたらじわじわ嬉しさが込み上げてきて、口角が上がった。  浮かれた気分になり、犬みたいにわしゃわしゃと紫崎の頭を撫でてやる。 「なっ、何するんですかっ」 「ふふっ、何でもなーい」  俺はニコニコ顔を作りながら、自分のグラスを彼のグラスに軽く当てた。  ゆっくりグラスに唇を着けると徐々に傾けて、苦味のあるブランデーを口に含む。  俺が飲み始めると、紫崎も一口。そして、お互いにグラスを置いた。 「さて、何の話しようかな。さっきは紫崎の好みのタイプ聞けなかったし……その話でもする?」 「もう酔ったんですか」 「ははっ、まだだよ」  彼の冷めた目と声のせいで笑いが漏れた。店の雰囲気の事を考えて、口許を押さえながら笑いを収める。
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