こいのきっかけ

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 そんな風に係長が冗談ぽく言うから、周りは和やかになってる。いつの間にか、ピリピリしたムードはなくなっていた。  俺は拍子抜けしながら係長を見ていたけど、今まで会った人とはどこか違うって。その頃から感じていた。  雰囲気が柔らかくて、人を傷付けない喋りで周りを明るくするし、頼りにもなる。信用出来そうな人っていう印象は持った。  俺は他人と関わっていくのが苦手だから、自分から積極的に話をすることは少ないけど。係長は俺に頻繁に話し掛けてくれて、飲み会にも何度か連れていってくれた。  係長が企画してくれて、同期何人かと深く喋って。同じ悩みを抱えている同期達とはそれで仲が深まった気がする。    その飲み会で、ひとつ気付いたことがあった。  居酒屋で係長を交えて飲んだ時。  俺はあまり喋らないから、酒を飲みながらぼーっと辺りを眺めて聞き役に徹していた。  その時に、俺と同じ様に聞き役に徹していた係長に目が止まった。係長は話を聞きながら、ツマミの枝豆と焼き鳥を食べていた。  その様子をなんとなく見ていたけど、他の奴もこうだったかと感じる様な光景がそこにあった。  枝豆のさやから指で豆を押し出して、ひとつずつ食べる仕草。箸で肉を串先に移動させて、ひとつずつ小さな口で食べる仕草。  どれも、妙に指先や口元が色っぽく感じられた。   口元に付いた焼き鳥のタレを指で拭って舐める仕草なんか、他の奴がやっていたら嫌だけど。係長の場合はむしろ絵になっていて、普通に見ていられた。  酒で酔っていたから俺の頭がおかしくなってると最初は思っていたが。違う飲み会で、飲んでいない段階でもそう感じた。  同じ男でも独特の色っぽさがあるのが、周囲と違うって感じたひとつの要素かもしれない。  そういう雰囲気だったから、付き合っている相手は普通に居そうだと思っていた。誰にでも好かれそうなタイプで、年下の面倒見も良い。  でも、会社だけの付き合いだし、本人の口から私生活の話はほとんど聞かない。それは他の奴と同じ。  俺も、自分からあれこれ聞いたりはしない。
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