第一章:LABYRINTH

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※  ペットショップ“犬猫畜生”店内にて。  守は一人、役立ちそうな商品を物色していた。  入り口近くの(えさ)コーナーには何もない。空の棚だけが並んでいる。保存食として利用されないよう配慮したと思われる。  奥へ向かうと檻のような(かご)――ペットサークルがずらり。本来ここには大小様々な命が入っていたのだろう。しかし、こちらも空っぽだ。  餌もなければペットもいない。なんと品揃えの悪い店か。  もっとも、それも仕方のないこと。餌は勿論(もちろん)、最悪の場合犬猫も非常食になる。長期戦を回避、主催者達は目まぐるしい展開を求めている。それ故、食料を配置しなかったのではないか。 「ざけンじゃねーぞっ!」  込み上げる焦燥感で頭はぐちゃぐちゃ、思考がさっぱり纏まらない。  どうして自分がこんな目に遭わないといけないのか。  早く家族の元に帰りたい。  だが、一人しか脱出出来ないとしたら。  永遠にこの施設から出られないとしたら。  妻と二人の娘とは永遠のお別れ。どこだかわからぬ場所で朽ち果てるだけ。二度と家族を抱きしめられないのだ。  嫌だ、そんな結末は絶対に嫌だ。  後悔ばかり、思い残すことばかり。  娘の成長を見届けたい。建設現場の仕事も、やっと重要な役職を任されるようになった。何もかも軌道に乗って、(ようや)く人生これからって時なのに。  生まれてこの方四十余年、順風満帆とは呼べぬ人生だった。やんちゃだった時期もあり、周囲に迷惑をかけ続けただろう。それでも(たゆ)まぬ努力で更生し、家庭を築いて人並みの幸せを手に入れた。デスゲームという理不尽に、自分の人生を奪われてたまるものか。  なんとしても、どんな手を使ってでも、ここから抜け出さないと。 「必ずだ。必ずオレは帰ってみせる。こんな場所で死んでたまるかってンだ!」  動物愛護のポスターを殴りつける。くしゃりと写真の犬の顔が歪んだ。  焦るな、冷静になれ。自分に何度も言い聞かせる。  安路は気に入らないが、(やつ)の言うことは正しい。  まずは手掛かりを見つける。じっくり調べて脱出の方法を探るのだ。  入り口から奥の方へ、順番に陳列棚を確認する。  生き物は入っていない。いた形跡すらない。完全に新品の籠ばかり。ペットショップ改め籠ショップだろう。マニアック過ぎる。  が、唯一違う物があった。  店内最奥部の一番端、大きめの籠に違和感を覚える。  銀色の柵の先、動物がいるべき空間に、平べったい物体が揺らめいている。守の鼻息が当たる度に、ゆらり、ゆらり。  紙だろうか。しかしその平面は独特の光沢を放っている。  写真だ。  籠の窓を開けてそっと取り出す。掌サイズのそれには少女が写っている。集合写真の中から切り抜いたのだろう。  その少女には見覚えがあった。 「こいつ、あのガキか」  デスゲームに参加させられた一人、恵流だ。制服のデザインが違うため、中学生時代の写真だろうか。やはり、偉そうに腕を組んでいる。  何のために写真を?  再び籠を(のぞ)くと、他にも切り抜き写真が入っている。全部出してみると、他の参加者の姿がどっさり。守自身の写真もある。旅行先で、家族と一緒に撮った物だ。どこで手に入れたのだろう。ずっと監視されていたのか。気味が悪い。柄にもなく身震いしてしまう。  籠の中に参加者の写真。  逃げ場はないと暗示しているかのよう。主催者の遊び心だろうか。 「()めンじゃねーぞ、クソッ!」  冷静でいようと決めたばかりなのに、すぐに感情が爆発してしまう。彼の低い沸点では不可能だ。激情に任せて腕を振り、写真の籠を叩き落とす。ラリアットだ。ガシャリという金属音と共に、籠は床を跳ねて身を投げ出した。  すると、続けてゴロゴロ――カランッ。またも金属音だ。しかし、今度は耳障りではない。むしろ心地良い。  籠があった場所、その裏より転がり落ちてきた。意外な物の登場に、守は呆気にとられてしまう。  果たしてそれは、銀色を鈍く(きら)めかせる棒――金属バットだった。 「なんでバットが……?」  拾い上げてみる。何の変哲もない金属バットだ。それはいい。問題はである。  ここはペットショップだ、スポーツ用品店ではない。場違いな品物、否、値札はついていない。売り物ですらないのだ。更に意味不明なのが、写真の籠の裏にあったこと。謎のオンパレードに頭痛がしてくる。 「ひぃっ」  背後で悲鳴が()れる。 「だ、誰だっ!?」  振り返ると、そこにいるのはロングスカートの女――玲美亜。(しわ)の目立ち始めた顔は真っ青。口元は小刻みに震えている。視線の先にあるのは、金属バット。どうやら怯えているらしい。  金属バットは本来野球の道具である。だが、時折凶器としても用いられる。デスゲームとなれば尚更(なおさら)だ。それ故に恐怖したのだろう。 「あ、あなた、まさか!?」 「てめーが想像するようなこたぁしねーよ。これでもオレには娘がいる。子持ちの身で、人の道を外れるつもりはねーからな」  罪を犯せば愛する娘達にも迷惑がかかる。人様に後ろ指指されることはしない。家庭を持つ男なら当然だ。  守は自信を持ってそう返答した。 「ふ、ふん。それなら別にいいわ」  しかし、玲美亜は勘違いを謝罪しないまま。鼻を鳴らすと足早で離れていく。  いるよな、こういうタイプの女。  守はかつてのご近所トラブルを思い出す。原因は覚えていないが、長時間口論した記憶がある。自身の間違いを認められない、社会的地位の高い人間にありがちだ。  あの類いが一番嫌いなんだよな。  守は大きく舌打ちをした。
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