第一章:LABYRINTH

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※  玲美亜が素通りしたゲームセンター、“シュラ・La・ランド”。  設置されたゲーム筐体(きょうたい)はどれもがプレイ無料。時間さえあれば何度でもチャレンジ可能。景品は取り放題だ。  とはいえ、(もら)える物はアニメキャラクターの人形や(きら)びやかなアクセサリーなど、デスゲームに不必要な物ばかり。  ただ一つの例外を除いて。  ぬいぐるみ(ひし)めくUFOキャッチャーに隠された、無骨な景品。  最初に見つけたのは織兵衛だった。 「な、何で、こんな物が?」  弓と銃が融合したような物体が、ファンシーグッズの中に紛れ込んでいる。  クロスボウ、またの名をボウガン。引き金を引いて矢を放つ、れっきとした武器である。ご丁寧(ていねい)に、矢筒(やづつ)も景品として埋まっている。 「よ~し。行け、行け、行け!」  無料なので、試しにUFOキャッチャーをプレイする。  前屈みでボタンをタイミング良く押す。アームが下がって掴みかかり、クロスボウの弓部分に引っかかる。一発だ。パチンコやスロットで鍛えた技術が功を奏したか。  と、脳内で快感物質が(ほとばし)ったところで、 「ああ~っ、駄目かっ」  クロスボウは滑り落ち、ぬいぐるみの間にすっぽり戻ってしまう。  (ぬか)喜びになってしまった。  だが、織兵衛は再度プレイする。  失敗したまま終わりたくない。普段の賭け事と違い無料、負債を気にせず連続チャレンジだ。  下手な鉄砲も数打ちゃ当たるの精神。  もっとも、それで成功すれば人生苦労しない。案の定、クロスボウは取れないまま。無為(むい)に時間を浪費するだけだった。  手の震えが止まらず、ここぞという場面で操作ミスをしてしまう。取れた、と思った途端にクロスボウは落ちていく。アルコールを摂取すればうまくいくだろうが、この場に酒類は置いていない。ないものねだりだ。 「はぁ。思い切りかっくらいてぇなぁ」  酒が何よりの好物だった。  若い頃からアルコールと共に過ごす日々。飽きずに毎日浸り続けてきた。  勿論(もちろん)、酒の失敗もあった。やめようと決意した時期もあったが、薄弱な意志では長続きせず。煙草(たばこ)は手放せたが、アルコールとの縁は切れなかった。  そもそも辛いだけの人生、酒がないとやっていけない。しかし、酒のせいで失敗し、人生はより辛くなる。  生まれは貧乏、仕事は長続きせず職を転々としていた。自身の資質に問題があったのか。否、突き詰めると、原因の半分は酒だ。警察のお世話になってもやめられない、まさに依存症。最終的に職を失い、現在ネットカフェ生活。友達はいなくなってしまった。  弱音を吐けば良かったのかもしれない。  誰かに相談すれば良かったのかもしれない。  だが、「男たるもの泣くな」と教育された者として、それは無理。黙って耐え忍ぶことこそ美徳と信じて疑わない。  結果、誰にも気付かれず、公的支援も受けられずどん詰まり。若者達からは「老害」「クソジジイ」と(けな)され煙たがられる。挙げ句、デスゲームという謎の催しに巻き込まれてしまった。  六十余年、無駄で無意味で無価値な人生だった。  ひっそりくたばるのがお似合いだろうか。自虐的に笑うしかない。 「へっ、へへっ。ど、どうせこんなもんだよな」  結局、織兵衛はUFOキャッチャーを諦めた。  パチンコやスロットと同じだ。景品は射幸心を煽るだけの客寄せパンダ。実際に取れるとは言っていない。むしろ簡単に勝てるのなら賭博は流行らない。客が損して店が儲かる。それが鉄則なのだ。酷い場所では裏で外れやすく確率を操作し、どれだけ努力しても勝てないよう設定されている。なんて話も聞くほどだ。  まるで世の中と一緒。人生に逆転出来る要素は一切ない。生まれながらの勝ち組が勝ち続けるだけの、仮初めの希望だけが虚しく漂う社会。そのくせ「信じる者は救われる」と、努力こそが至高と(うそぶ)き、敗者は努力足らずの自己責任と切り捨てる。なんと傲慢(ごうまん)なことか。  自分は敗者、世の最底辺を這いつくばって終わる。  織兵衛は項垂(うなだ)れたまま、ゲームセンターを後にするのだった。
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