第一章:LABYRINTH

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※  ショッピングモール内に時計はない。  デスゲームに時間制限がないのは不幸中の幸い。だが、これでは朝なのか夜なのか、目覚めてどれほど時がたったかも不明。とても不便だ。日頃病院で規則正しい生活する身では、余計にそう感じる。  正確には不明だが、恐らく三時間程過ぎただろう。資料を読んでトイレ休憩を終えた頃合いに、中央に位置する椅子の間に戻ってきた。  安路と恵流の二人が最後だったらしい。これにて全員集合となった。  薄暗い部屋の中、各々の面持ちは輪をかけて暗い。互いに顔を合わせず(うつむ)いている。脱出のヒントが見つからなかったのだろう、と容易に想像がつく。食料がなかったのも原因だろう。どこの店舗にも食べられそうな物はない。フードコートのウォーターサーバー、あるいは歯科医院とトイレの水道で(のど)の渇きを癒やすのが関の山。残された時間はそう長くないだろう。  だが、その一方で、ある程度の収穫もあったらしい。守は銀色の金属バットを手にしている。同様に、春明の手にも銀色に光る何かがあった。 「満茂さん。そのバットはどこで?」 「ペットショップだよ」 「はい?」  冗談にしか聞こえなかった。金属バットとペットショップ、繋がりが全く見えない組み合わせだ。  しかし、本当らしく、 「うるせーな。マジで籠の奥から出てきたんだよ」  守は鋭い怒気を放ってくる。彼曰く、ペット用の籠の裏にあったらしい。しかも、籠の中には、参加者全員の切り抜き写真が入っていたとこのこと。悪趣味である。  疑って申し訳ないと頭を下げ、安路は気になるもう一人へと向き直る。 「瀬部さんが持っているのは?」 「コレ、ナイフですよ」  チャキチャキ(はさみ)のような音がして、春明の手の中で銀色が素早く回転、鋭利な刃が()き出しになった。かつて非行少年の代名詞だった、バタフライナイフという折り畳み式の刃物である。  切っ先を突きつけられ、安路は怯んで後ずさる。はっとした春明は「ごめんなさい、ですね」と、鮮やかな手捌(てさば)きで刃を仕舞った。 「それで、ナイフは一体どこに?」  気を取り直し、発見場所について質問する。心臓の早鐘(はやがね)は未だに鳴り続けていた。 「ワタシ、お腹空いた。だからご飯屋行きました」  空腹でフードコートを訪れると、並んでいるのは四つの看板。蕎麦(そば)屋、うどん屋、ラーメン屋、アイス屋。何故か麺類を取り扱う店ばかり。妙だと考えた春明は、唯一の例外であるアイス屋を調べた。すると、冷凍庫内にはアイス代わりにナイフが一本。キンキンに冷えていたとのことだ。 「これまた変な場所に……」 「そ、それならオレも見つけたぞ」  続けて証言するのは織兵衛だ。  しかし彼は武器らしき物を持っていない。 「ピコピコの中に、ゆ、弓矢みたいな、鉄砲みたいなのがあった。け、景品だから取れなかったけどな」  どうやらゲーム筐体(きょうたい)に、景品として武器が鎮座しているらしい。 「それは多分ボウガン、正式名称はクロスボウね」  恵流が武器について補足を付け加えてくれる。  話によると、UFOキャッチャーの景品で、ぬいぐるみに混じってクロスボウがあるらしい。  安路の中で段々と、不安が細菌のように増殖していた。  話を纏めると、施設内には武器があり、わざわざ隠して置かれている。籠の裏、冷凍庫の中、UFOキャッチャーの景品。それらを用いて殺し合え、という主催者の思惑が見え隠れする。  殺し合いなんて、絶対に駄目だ。  安路は頭を()(むし)り、嫌な予感を振り払うように話題を変える。 「このゲームについて、みなさんに聞いてほしいことがあります」  三時間強、情報を整理し導き出した、デスゲームについての考察だ。  まずは、そもそも本当にデスゲームかということ。これについては確実だろう。(かたく)なに認めなかった織兵衛も、クロスボウを見て確信に変わってきたらしい。  突然の拉致監禁、作り込まれた会場、そして隠された武器。お膳立てからして、デスゲームなのは確定。施設内の監視カメラからして、主催者達は別室で様子を見ている可能性が大。その目的は苦しむ姿を鑑賞する享楽(きょうらく)か、はたまた常軌(じょうき)を逸した崇高(すうこう)なる儀式のためか。真意は未だ不明だ。  しかし、ある程度の推測は可能。 「まだ仮説ですが、二つほど可能性が考えられます」  安路は抱えた本を降ろし、左手を挙げ、手錠からぶら下がる(おおかみ)のフィギュアを揺らす。 「まずはこのフィギュアについて。モニターにある通り、僕達それぞれに様々な生き物があてがわれていますが、これらは――」  空いた右手で拾い上げるのは“解説・七つの大罪”という本だ。題名の割に表紙はポップ、可愛らしいキャラクターが描かれている。擬人化された悪魔らしい。 「――キリスト教用語の“七つの大罪”を表しているのではないか、と」  恵流以外の反応は(かんば)しくない。ポカンと頭上に疑問符を浮かべている。  照れ隠しに頭を一つ掻くと、安路はページを中程まで(めく)ると開いて掲げた。そこには“七つの大罪”と、それに関連付けられる物が記載されている。  それぞれの罪に対応する悪魔、幻獣、そして生物。  本の記述では諸説あるとしつつ、罪と生物について、以下のように載せられていた。  嫉妬――(へび)。  強欲――蜘蛛(くも)。  暴食――(はえ)。  怠惰――蝸牛(かたつむり)。  憤怒――狼。  傲慢――蝙蝠(こうもり)。  色欲――(さそり)。 「この“七つの大罪”が、モニターの一文とリンクしていると思われます」  “六名の罪を悔い改めし者が座する時、残されし最後の者が光を臨める”  この文の参加者を罪人扱いする箇所(かしょ)は、フィギュアの生物と紐付けて罪と表しているのではないだろうか。 「次に、これらの生き物が毒、あるいは人に害なす生き物である点が気になります」  本では罪に対応する生物について、他の種類も列挙されている。犬や猫、豚や牛などとする説もある。  しかし、何故か選ばれたのは有毒、有害な動物ばかりなのだ。 「蛇や蜘蛛、蠍は毒を持つ生き物として有名ですし、蠅や蝸牛、蝙蝠は病原菌や寄生虫の媒介になります。狼は少し苦しいですが、おそらく獣害、もしくは狂犬病を表しているかと」 「前置きはいいから、はよ言えや」  中々結論に辿り着かず、守が催促してくる。 「ええと、つまりですね。これは所謂(いわゆる)、“蠱毒(こどく)”ではないか、と」
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