第一章:LABYRINTH

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 聞き慣れない単語に、周囲の反応はまたも良くない。  安路はおどろおどろしい装丁の書籍、“世界の呪術”を参考に、以下のように説明する。  “蠱毒”とは古代中国で行われていた呪術の一種だ。大量の毒虫を閉所に閉じ込め共食いさせることで、最後の一匹に濃縮された猛毒が備わる。それを用いて相手を呪い殺すというもの。この呪術は日本にも伝わっており、禁止されていた歴史も存在するそうだ……と。 「僕達を虫扱いして出口のない場所に閉じ込める。今の状況とそっくりじゃないですか?」 「確かに、手の込みようからして、儀式的な雰囲気があるものね」  書物と歴史に裏打ちされた考察に、玲美亜は一定の理解を示す。一方で、守は怒りを露わに詰め寄ってくる。 「じゃあ、なんだってんだ。オレ達は“蠱毒”の通り、虫けらみてーに殺し合わないといけねえのかよ!?」  胸ぐらを掴むと、力一杯引き寄せ凄んでくる。 「ま、待って下さい。これは最悪の可能性を想定した場合です。あともう一つ、こっちの説が本命なんで、落ち着いて……」  鼻先が触れ合う距離だ。やに臭い吐息に顔を(しか)めながら、安路はどうにか守を(なだ)める。 「ちっ。ならそっちを言えってンだ」  手が離され、安路はコンクリートの床に押し倒された。尻餅をつくが、怒りを収めてくれて良かったと一安心する。  苛立つ気持ちはわかるが、こんな状況だからこそ冷静でいてほしい。  咳払いを一つ。安路は立ち上がり、患者衣の(しわ)を正してから話を続ける。 「ヒントになったのは、ショッピングモール内の店舗、その名前です」  安路は神秘的な文様が描かれた“六道(りくどう)―教えと救い―”という本を開く。 「店の名前はどれも、“六道”が元になっています」  仏教における輪廻転生(りんねてんせい)の考え方、それが“六道”。  死者は生前の行いにより天道(てんどう)人間道(にんげんどう)修羅道(しゅらどう)畜生道(ちくしょうどう)餓鬼道(がきどう)地獄道(じごくどう)のいずれかに行くとされている。  では、実際に店名に当てはめるとどうなるか。  天道――書天堂。  人間道――Gene Do。  修羅道――シュラ・La・ランド。  畜生道――犬猫畜生。  餓鬼道――ガキメシ広場。  地獄道――ヘルノデンタルクリニック。  以上のように“六道”と店の配置は一致、綺麗に時計回りの順番になっている。 「明らかにもじった名前の付け方をしているわね」  知識のある玲美亜は何度も頷き理解を示してくれる。恵流も腕を組み聞き続けている。しかし残りの者は置いてけぼりだ。 「詳しく知りたい人はこの本を読んで下さい。それで、重要なのは“六道”、その考え方です」  仏教を一から説明していたら何日かかるだろうか。  よって、詳細は省かせてもらう。 「“六道”ですが、天道という名前で紛らわしいですが、これら全て苦しむ場所なんです。仏教において、僕達は過去から今までずっとこの六つの世界で生死を繰り返してきた、という扱いだそうで。それで、このループを抜け出して極楽浄土に行くことを解脱(げだつ)と言うそうです」  本に描かれた図を指し示しながら簡単に説明していく。 「そこで思い当たったんです。僕達はこの施設、広大な密室に連れてこられた。でもそれはどこから? 窓もない、外に通じる通路もない。となれば答えは一つ。あの門以外あり得ない」  安路が顔を上げると、残りの六人もつられて視線の先を見る。  金属製の重厚な扉。固く閉ざされた門。これ見よがしに建てられた、恐らく唯一外へ通じている場所だ。 「つまりこのゲームは、“六道”である会場から極楽浄土――外へ出ろ、という意味じゃないか、ということです」  そこまで言い切ると本を閉じ、周囲の返答を待つ。  現状、これが導き出せる最大限の考察である。  和風、洋風、中華風。要素がごちゃ混ぜな点も意味があるかもしれないが、それに関しては保留。  それでも、ある程度的を射ているはず。 「で、それが何の役に立つってンだよ?」  しかし、返ってきたのは冷めた感想。  守は目尻をぴくつかさせている。またも掴みかかってきそうだ。 「だ、だからですね、このゲームの目的は、僕達が協力し合って脱出出来るかどうか、試しているんじゃないかって」 「理屈はどーでもいいんだよ。こちとら早く、その脱出の方法を聞きてーんだ」 「えっと、それはこれから考えるというか、まずは何が目的のゲームか探るのが大事というか……」  しどろもどろ、口をもごもご。返答に困ってしまう。  確かに、考察と銘打ち独りよがりの演説をしただけかもしれない。 「この門を開けるには六人座れ、って話なんだろ? それって結局、オレ達で殺し合えって意味じゃねーのかよ?」  守の「殺し」という言葉で空気が一気に張り詰める。その場にいた全員がびくりと敏感に反応した。凶器を所持しているのだ。恐怖を抱いて当然である。 「ち、違う!」  声を裏返し、安路は反論する。 「もし殺し合いが目的なら最初からそう言うはずだし、もっとわかりやすく説明するはず。わざわざ店舗を構えたり武器を隠したり、“七つの大罪”や“六道”の要素を入れる必要もない。手が込み過ぎているんだ。むしろ、仲間割れさせるための罠じゃないですか!?」  武器を何故隠したのか、それが引っ掛かるのだ。  主催者側に立って考えてみよう。  血が見たいのなら「これは殺し合いです」と明言して武器を配布すればいい。逆にやってほしくないなら最初から用意しなければいい。中途半端に隠したということは、参加者が武器をどうするか選択を委ね観察している、と考える方が自然ではないか。罠、あるいは試練と言えるかもしれない。 「僕の仮説が信じられないなら、もう少し待ってもらって構いません」 「待つだぁ?」 「僕達は拉致されたんです。きっと近しい人が通報して警察が動いているはず。特に僕は病院、瀬部さんは刑務所と、いなくなったら大騒動になっているはず――」 「オイコラ、クソボケ。ンな悠長なこと言ってる場合じゃねーだろーが!」  説得を試みるも、さっぱり響かない。  守は怒髪天(どはつてん)()く勢いで罵声(ばせい)を浴びせてくる。 「いいかよく聞け、頭でっかち野郎。ろくに食料がねぇんだ。オレ達はなぁ、早く出なきゃ助からねーってことなんだよ!」 「だとしても! ……――あっ」
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