第二章:DANGEROUS

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※  筐体(ひし)めくゲームセンター。遊ぶ者はおらず、デモムービーだけが虚しく繰り返される。命を賭けた遊戯の最中(さなか)では娯楽(ごらく)の価値は皆無。遊びに熱中する者はいない。  だが、生き残るのに必要となれば、話は変わる。  閑古鳥(かんこどり)鳴く“シュラ・La・ランド”の中で、春明は一人ゲームに挑戦していた。  お目当ては勿論(もちろん)UFOキャッチャー、その景品のクロスボウだ。  新たなる武器がほしい。  織兵衛の死を機に、事態は風雲急を告げようとしている。  謎解き脱出ゲームは血で血を洗う殺し合いに。兆候はそこかしこから噴き出している。    平和ボケした日本人に負けるつもりはない。だが、無傷で勝てるか怪しいところ。ナイフ一本では心許ない。飛び道具で武装するべきだ。  そこで、クロスボウを入手しようとするのだが、 「うーん。これは無理ですかもね」  さっぱり取れる気配がない。アームがひ弱で重さに耐えられないのだ。  ケースを破壊したくなるも、透明な壁は思いの外硬い。素手では破れそうにない。金属バットのフルスイングなら割れるだろうか。現状、クロスボウは入手不可能のアイテムである。 「さて、これからどうするましょうか」  狂気に囚われる者は確実に現れる、と経験から推測。筆頭候補は守だ。事故とはいえ、既に織兵衛を(あや)めている。金属バットという強力な武器もある。  ()られる前に殺る心構えが必要だろう。あるいは、参加者を皆殺しにしてゲームクリアを目指す、という選択も悪くない。  安路や恵流は平和的解決を望むが、織兵衛の死亡で希望は潰えたに等しい。彼らの案に乗るのは、分の悪い賭けと言わざるを得ない。皆殺しの方が幾分可能性がある。  だがしかし、と春明は――坊主頭だが――後ろ髪を引かれてしまう。  “罪を悔い改めし者”が六人揃うのがクリア条件で、参加者の行動は監視カメラで筒抜けだ。それらを加味すると、皆殺しの判断は(いささ)か早計ではないか、と躊躇(ためら)ってしまう。もっとも、生き残るためなら、殺し合いもやぶさかではないのだが。  血と暴力。  彼の祖国と同じ臭いが漂い始めている。  生きるか死ぬかの綱渡り。来日以前の生活と変わらぬ、心ひりつく感覚だった。  瀬部春明――本名バルア・セブ・ベルン。彼はとある発展途上国出身で、治安はすこぶる悪かった。政治家は反社会的勢力と繋がり汚職は日常茶飯事、対抗馬を潰す裏工作で暗殺も平常運転。当然、庶民も危険と隣り合わせ。犯罪を生業(なりわい)とする輩が跋扈(ばっこ)する街で生き抜かねばならないのだ。  先程の騒動で、明日香が運のなさを呪っていたが、春明からすれば噴飯もの。生まれた国だけで大当たりではないか、と。 「とても恵みしている国だと聞いたですがね」  世界一平和と(うた)われる国、日本。  きっと良い暮らしが出来ると、春明は出稼ぎで来日した。  しかし、彼を待ち受けていたのは厳しい現実。派遣先は所謂(いわゆる)ブラック企業、奴隷(どれい)の如き扱いを受けた。平和なのは表面上だけ、むしろ中身は腐敗し劣悪そのもの。反抗しないが故に、仮初(かりそ)めの平和が維持されていただけなのだ。  当時は日本語に不自由で、最低賃金は守られず残業代もなし。給料未払いも度々で、強制収容所の労働と変わらかった。それでも、仕送りを手持ちから捻出(ねんしゅつ)し、代わりに食費を削って空腹に(あえ)ぐ日々。だが、欲求に耐えきれず、食料を盗んで罪人に。挙げ句、拉致され今に至る。  治安最悪の街。  ブラック企業の搾取(さくしゅ)。  そして、デスゲームに強制参加。  これまでの人生、形は違えど常に死と隣合わせだった。  生殺与奪(せいさつよだつ)の権利は己になく。無力な者は蹂躙(じゅうりん)、搾取されるだけ。どこの国にも、腐った仕組みが構築されているのだ。  デスゲームも同様。参加者達の藻掻(もが)き苦しむ姿を、主催者達は安全圏で高みの見物である。  (はらわた)が煮えくりかえりそうだ。全てぶち壊したい衝動に駆られる。 「やはり、武器ないと困るですね」  春明はゲームセンターを後にして、施設内を反時計回りに歩いていく。衣料品店に立ち寄ろうとするのだが、人影を視認して身を隠す。細身で陰気な容姿、玲美亜だ。彼女も武器を探しているらしい。レジカウンター周りを漁っている。  下手に鉢合(はちあ)わせて争いになるのも面倒だ。無益な戦いは避けるべきだろう。  衣料品店は後回しに、その隣の“書天堂”へと身を潜らせる。  店内は漫画や小説、専門書の類がみっちりと豊富だ。武器はなくとも生き残るヒントがあるかもしれない。  主催者が何かを仕掛けただろう形跡を探そう。  春明は目を()き店内をうろうろ。本棚、天井、床。どこか不自然な箇所はないだろうか。  ――あった。  新刊本が平積みされているコーナーだ。色とりどりの表紙が主張する舞台、その一区画だけがぽっかりと何もない。長方形の穴だけ。積まれていた本が撤去された痕跡だ。  政府に不都合な記述をして摘発されたのか。それはあり得ない。祖国ならまだしもここは日本だ。政治批判から過激な性表現まで、言論の自由が最も認められている国である。目くじら立てる器の小さい個人はいても、権力の下に弾圧するはずがない。 「違う、そうじゃないです」  だがそれは、普通の書店だった場合の話である。  ここはデスゲーム用の特設フィールド。ゲームクリアに役立つ書籍、攻略本があるかもしれない。  とすると、消えた新刊本こそ、重大なヒントなのではないか?  本はどこにいったのだろう。  平積みコーナーの下、レジカウンター裏のスペース、放置された段ボールの中。怪しい場所を片っ端から覗いて回り、そして見つけた。  備え付けのゴミ箱に捨てられていた。同じ書籍がどっさりだ。サイズも陳列棚の空白にぴったり。ご丁寧に店員特製のポップもあった。  主催者側がわざとゴミ箱に隠したのか、それとも参加者の誰かが捨てたのか。経緯や理由は不明だが、ともかく大事な資料だ。題名も興味を引く。是非(ぜひ)読ませてもらおう。  レジカウンター奥のパイプ椅子に腰掛けると、春明は周囲を気にしつつ、ページを捲り始める。  全編日本語だが支障はない。囚人生活では読書が日課、二度と(だま)され奴隷にされぬよう死ぬ気で覚えたのだ。おかげで文章の意味は理解可能。音読も出来る。苦手なのは自力で日本語を組み立てることくらいである。 「おお、これは」  読み進める度に息を呑んでしまう。  春明の期待通り、そこにはデスゲームの謎を解く鍵が記述されていたのだ。
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