第一章:LABYRINTH

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「僕は朝多安路。二十五歳で職業は……訳あって無職です」  手本として、率先して名乗る。  先が見通せない状況下、皆気が立っているのだ。冷静に話し合える空気を作ろう。  その思いを汲み取ってくれたのか、他の者も後に続いて自己紹介を始めていく。 「私は漆原(うるしはら)恵流(える)。見ての通り高校生よ」  少女――恵流はスカートの端を摘まみ、ひらひら優雅に扇ぐ。  眉毛で切り揃えられた前髪、そこから覗く大きな瞳がぱっちり可愛らしい。紺色の制服に包まれる体は華奢(きゃしゃ)で、細い手足は簡単に折れてしまいそうだ。 「あン、オレか? 満茂(みつしげ)(まもる)だ」  中年男性――守は顔を(しか)めて答える。  根元が黒くなりかけた金髪はワックスで固められ、剣山よろしく上向きに(とが)っている。両耳で輝くのは髑髏(どくろ)モチーフのシルバーピアス。土木作業服の下の腹回りは年相応に肥えている。 「えっとあたしはぁ、申出(もうしで)明日香(あすか)っていいまーす」  若い女性――明日香は場にそぐわぬ明朗さで名乗る。  桃色ツインテールと厚塗り化粧が異様で独特。へそ出しセパレートのミニスカートは露出面積が広く、豊満な胸と肥沃(ひよく)な尻をこれでもかと強調。ハイヒールのパンプスも目を引くポイントだ。 「ワタシ、日本の名前は瀬部(せぶ)春明(はるあき)です」  高身長の男性――春明は丁寧(ていねい)にお辞儀をする。  彫りが深く鼻の高い美男だが、坊主刈(ぼうずが)りと無精髭(ぶしょうひげ)がアンバランス。筋肉質な体躯が特徴的で、グレーの襟付きシャツがぱつぱつ張っている。 「丹波(たんば)玲美亜(れみあ)よ」  中年女性――玲美亜はツンとそっぽ向いたまま言う。  黒髪を後ろで縛りひっつめにしているせいか、つり目がちで不機嫌そうな顔立ち。化粧も薄く飾りっ気がなく、シックなロングスカートで素肌を隠している。 「オ、オレは笛御(ふえご)織兵衛(おりべえ)ってんだ。へへ、へへへ」  高齢男性――織兵衛は震える手を誤魔化(ごまか)すように愛想笑いしている。  生え際が後退した頭は白髪交じり。目元は皺だらけで髭も伸ばし放題。でっぷりした腹を支えるシャツはたるみ、だらしなさと汚らしさの両立した見た目だ。  彼らの名前とモニターに映る名前は同一。隣に記された動物マークと、各々の手錠に付随する動物フィギュアの種類も一致していた。  モニターに表示された順番通りに並べると、以下のようになる。  (へび)――丹波玲美亜。  蜘蛛(くも)――満茂守。  (はえ)――瀬部春明。  蝸牛(かたつむり)――笛御織兵衛。  (おおかみ)――朝多安路。  蝙蝠(こうもり)――漆原恵流。  (さそり)――申出明日香。  続けて、この場所に連れてこられるまでについて、互いの情報を話し合った。すると、安路以外の全員が「外で何者かに襲われて、気が付いたらこの場にいた」という旨の証言をした。都内か地方か、朝か夜か、場所や時間は異なるものの、おおよその状況は同じ。就寝中に拉致(らち)されたのは安路だけらしい。 「何で僕だけ……それに、どうして僕達は集められたんだ?」  年齢や性別、住んでいる場所もバラバラ。共通点があるとは思えない。襲って拉致した何者か――デスゲームかドッキリの主催者が無差別に選んだ結果なのか。  だとしてもおかしい。  他の人はまだしも、安路は入院中の患者。連れ出すなんて担当医師が認めるはずがない。病院側がこの件を知らないなら今頃大騒ぎ。何せ毎日投薬が必要な身、無断で外泊は大問題なのだ。  何故(なぜ)、拉致されたのか。皆目見当がつかない。 「理由なんてどーでもいいだろ。それよりこっからどう出るかじゃねーか?」  ギロリと、守が(にら)みつけてくる。心臓を鷲掴(わしづか)みされたように、びくりと体を震わせてしまう。年上相手という以上に、見た目の怖さで身が(すく)む。苦手なタイプである。 「そ、そうですね。じゃあ、まずはこの場所について調べましょう」  深呼吸で鼓動を落ち着かせると、安路は次の提案をする。  密室と化したショッピングモールからの脱出。そのためには多くの情報が必要不可欠。まだざっと見ただけなので、最優先で施設の特性を知るべきだろう。  そこで七人は探索を開始。男性四人はコンクリート打ちっ放しの区画を、女性三人は外のエリアと分担した。 「仕掛けなんて、ど、どこにもないぞ?」  織兵衛はぺたぺた(てのひら)をあてて壁を探っている。脱出を目的としたゲームと仮定すると、カラクリ屋敷のような仕組みがあるかもしれない、という安路の意見を受けての行動だ。しかし壁は真っ平らなだけ。ひんやりとした感触が伝わってくるばかりで、これといった特異性は見つからない。 「ああ、駄目だっ。全然開かねぇじゃねーか、コラッ!」 「どうも鍵がかかるしているらしいですね」  固く閉ざされた門と格闘しているのは守と春明だ。体格の良い男性ふたりでドアノブを引っ張るも、観音開きのはずの扉はびくともしない。では押してみたらどうかと体当たりをしたものの、こちらも空振りでさっぱり開かない。叩いた感触から相当ぶ厚い扉らしい。全員で力を合わせても開きそうにないだろう。 「一番怪しいのはこの椅子、だよな」  安路は室内に備え付けられた六脚の椅子を見据える。長方形を二つ組み合わせただけの簡素な構造だが、無数の鉄片を繋げて形作られており、ぱっと見レリーフが刻まれているように錯覚する。錆びた金属で構成されたそれらは、各所が尖っており座り心地は悪いだろう。  拷問器具かと見紛うデザインだ。それに、人数分用意されていないのも引っかかる。  何らかの仕掛けがある。下部が床に埋まり移動不可能なことも相まり、怪しさ満天だ。  ごくり、と(つば)を飲み込む。  椅子の表面に、恐る恐る指先を這わせてみる。金属製なので硬くて冷たい。錆びのせいで手触りはザラザラ。ねじやビス留めがあちこち目立ち、ジャンク品の継ぎ接ぎな表面は複雑に入り組んでいる。不用意に奥を探れば手が抜けなくなりそうだ。下手すると大怪我(けが)、指先が切断されてもおかしくない。  触るだけなら大丈夫だが、深追いはやめた方がいいだろう。安路はほどほどで切り上げ、別の場所を調べようとした。丁度(ちょうど)そこでタイミング良く、店舗の確認をしていた女性グループが戻ってくる。 「一周見て回ってきたけど、知らない店がいくつも並んでいたわ」 「田舎(いなか)特有のしょぼい商業施設ってかんじだったけどね」 「やはり、人はいないみたいよ」  恵流、明日香、玲美亜が口々に報告してくれる。  ここは地方のどこかにあるショッピングモールなのだろうか。しかし、不可思議な点が幾つもあるそうだ。
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