第一章:LABYRINTH

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「店舗は全部で六つ。中央の部屋を囲むように並んでいるわ」  恵流曰く、敷地面積は大雑把に二万五千から三万平米ほどの、地方の商業施設と同程度の広さ。椅子の部屋を中心にぐるりと囲む通路が敷かれており、その外周に六種類の店舗があるらしい。時計に見立てて門がある方向を十二時とすると、一時から三時にかけて書店、三時から五時にかけて衣料品店、五時から七時にかけてゲームセンター、八時の位置にペットショップ、九時から十一時にかけてフードコート、そして十二時の場所に歯科医院が並んでいる。また門の丁度裏側、歯科医院の真向かいにはトイレが設置。窓が一切ないため地下施設ではないか、というのが現実的な推測だが、肝心の地上へ続く通路はない。外と行き来する方法が最初から存在しないのだ。 「それでね、ゲームセンターが動いていたんだよ」  鼻息鳴らして語るのは明日香だ。  他に誰もいないのにゲームセンターは絶賛稼働中。UFOキャッチャーやシューティングゲームなど、各種筐体(きょうたい)が賑やかに明滅しているそうだ。因みにプレイ料金は無料、何度でも遊べる親切設計とのこと。財布のない七人に対する気遣いだろうか。 「でも利用した形跡はなかったわ」  気になるのは玲美亜の証言だった。彼女の話では、ショッピングモール内の施設はどこも異常に綺麗で、建てたて新品にしか見えなかったそうだ。客の往来があれば自然と傷や汚れがつくはず。それが全く見当たらない。人の息遣いが感じられない不気味さだったという。  商業施設としてあり得ない構造、不自然に新しい内装。これらから推測出来るのは、ここは既存の建造物を流用した場所ではないということ。謎の催し用に特注した施設ではないだろうか。  何の接点もない七人を同時に誘拐し、その上専用施設まで建造するとは。主催者達の財力と行動力は計り知れない。 「しっかりとしたお膳立(ぜんだ)て。ますますデスゲームらしくなってきたわ」  最初にその可能性を指摘した恵流は、一層の自信を誇っている様子。腕を組み鼻を高くしている。七人中最年少なのだが、立ち振る舞いは誰よりも尊大だ。 「だから、そんなの非現実的だって言っているでしょ!」  玲美亜がヒステリックに詰め寄る。年下のくせに態度が大きい、と(かん)に障ったのだろうか。  一方の恵流は姿勢を一切崩さず、大人相手に毅然(きぜん)と言い返す。 「おばさんも見たでしょ。ここは普通の商業施設じゃない。私達に何らかのゲームをさせるため、わざわざ用意された場所なんだから」 「おばさんって、まだ三十代よ。それから、フィクションと現実を混同するなんて、未熟な若者の悪い癖じゃない!」  年の差口喧嘩(くちげんか)勃発(ぼっぱつ)だ。理路整然と話す恵流に対して感情的な玲美亜。その間に挟まれた明日香は一つ溜息をつき、 「そう言うけどさぁ。誘拐と監禁な時点で犯罪だし、デスゲームに参加させられたって方が納得いかない?」  恵流の肩を持ち助け船を出す。 「お、大人ならもっとマシな可能性を考えなさいよ」 「じゃあ玲美亜さんはどう思うんですかぁ? あたし達が納得出来る、大人な答えを聞かせてほしいですけど」 「う、それは……」  逆に責められ、玲美亜は答えに(きゅう)する。相手の意見は否定するが、自分の意見は定まっていないらしい。ばつが悪そうに、あさっての方向へ視線を逸らしている。  現実が認められない玲美亜の気持ちは理解できる。突然日常から切り離されると、人はまず否定から始めるものだ。病気や怪我も同じ。自身に起きた事実を受け止められず、あれこれ理由をつけて逃避する。安路にもその経験がある。  だが、どちらかと言うと、恵流と明日香の意見に賛成だ。金銭目的の誘拐なら人質の自由を封じるのが定石。門や椅子、手錠に動物のフィギュア、特注の施設含めて大仰な舞台を用意する必要もない。  現実離れしているものの、デスゲームの類いに巻き込まれた、とするのが一番()に落ちる。ひとまず、そう仮定しよう。  今一番大切なのはこれからどうするか。デスゲームのプレイヤーとして、自分達はどう立ち回るのが良いか。それを考えるのが先決だろう。  だが、思案を巡らせるより早く、 「オイオイ、オレ達マジで閉じ込められたのかよ?」  彼女達の報告に、守が舌打ち混じりで突っ掛かってきた。 「デスゲームといえば、逃走不可能の閉鎖された会場はつきものでしょ」 「てめーの常識は知らねぇンだよ。ちゃんと出口がないか、隠し扉とか抜け道とか探したのか?」 「三人がかりで見て回ってこの結果なんだから、ないってことでしょうね」 「あぁン!? ざっけンなよ、クソッ!」  苛立ちを一切隠さず、守はくず鉄の椅子を思い切り蹴りつける。ガシャリ、と金属の(きし)む音がするも、意外と丈夫で壊れない。  暴力を前にしても、恵流は冷静沈着に腕を組んだまま。高校生なのに肝が据わっている。が、実に危うい。守は見ての通り短気。若かりし頃は不良で喧嘩三昧(ざんまい)だろう男だ。いつ神経が切れるともわからない。  争いの火種を放置しては駄目(だめ)だ。自分の正義に反する。  安路は(ひざ)を叩き己を奮い立たせると、意を決し二人の間に割って入った。 「お、落ち着いて下さい。彼女にあたってもしょうがないですよ」  本物のデスゲームだとすれば、巻き込まれた者同士協力し合う必要がある。  互いの持つ知識や技術を組み合わせて脱出の方法を探る。映画や小説などの創作物でもそれがセオリー。いがみ合いの喧嘩腰では前に進めないのだ。 「だったらてめーならどうにか出来るってのか、オイ?」 「そ、それは、えっと」  急に言われても困る。  ここが地球のどこに位置して、何を目的としたゲームなのか。ゲームのクリア条件や脱出方法はあるか。考えることは山積みだというのに。  もっとも、一つだけ心当たりはある。脱出に直結するであろう、それらしきヒントの所在については。  安路は首を回し、門の上のモニターを注視する。 「“六名の罪を悔い改めし者が座する時、残されし最後の者が光を臨める”……この文の謎を解く必要があるかと」  参加者全員の名前と動物のマークが記された下にある一文。意味深に表示されるそれこそ、デスゲームの謎を(ひも)解く解決の糸口になるのではないだろうか。
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