第一章:LABYRINTH

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「普通に読めば、六人が座ったら一人出られる、って意味でしょうね」  デスゲームに詳しいらしい恵流が呟く。  安路にもそう読めた。実際中央の間には椅子が六脚あり、恵流の説が最有力だろう。だが、それよりも気になる言葉がある。 「罪をどうたらって、オレ達は罪人扱いかよ」  守が苦々しく吐き捨てると、他の者も示し合わせたように眉をひそめる。  そう、“罪を悔い改めし者”の部分が問題なのだ。  文章通りの意味なら、椅子に座る六人は罪人。とすると、参加者の内六人は罪を犯した者だ。否、最後の一人が無罪とは一言も書いていない。では七人全員が罪人だというのか。それこそおかしい。 「そんなはずない、僕は罪人なんかじゃない!」  何故なら、罪を犯した覚えなどないのだから。 「オイコラてめー、自分だけいい子ちゃん気取りかよ」 「好感度上げて助かろうとか、ちょっと虫が良過ぎじゃん」 「若いの、ぬ、抜け駆けか? 年寄りを踏み台にするのか?」  守と明日香、そして織兵衛が次々に批判をぶつけてくる。  確かに今の発言は悪印象だ。自分は善人だ、最後の一人に選ばれるべきだ、と主張するためのイメージ戦略。そう捉えられても仕方ないだろう。  だが、本当に身に覚えがない。それが真実なのだ。 「だって、ずっと病院で入院生活なんですよ!? そんな僕に一体何の罪があるって言うんですか!?」  安路は生まれつき病気しがちな虚弱(きょじゃく)体質だ。季節の変わり目には必ず風邪(かぜ)を引き、弱毒性のウィルスでも生死の境を彷徨(さまよ)う。  それでも、学童期までは人並み程度は学校に通えていた。休みがちでも一緒に遊ぶ友人はおり、それなりに充実した学校生活を送れていたのだ。  しかし、成長するにつれて悪化の一途を辿り、とある不治の病に罹患(りかん)。入退院を繰り返し、学校に通えなくなった。  高校中退。  それでも病状は回復の兆しなく、今では入院しっぱなし。毎日の投薬と検査は必須、一日たりとも病院を離れられない患者なのだ。  そんな自分が犯罪者扱い。理不尽過ぎる。 「朝多さん、あなたの気持ちは痛いほどわかります」  肩を持ってくれたのは玲美亜だった。デスゲームの可能性を認められず、意固地だった彼女が助けてくれたのだ。 「私はこれまで清廉潔白(せいれんけっぱく)、真面目一筋に生きてきたと自負しています。罪を犯した覚えなどありませんから」 「おいババア。てめぇも良い子同盟に仲間入りか?」  守が凄みを効かせて(にら)む。まるでゴロツキだ。  一方の玲美亜も負けていない。 「誰がババアですか。口を慎みなさい、馬鹿が感染(うつ)りますわ」  見た目の(いか)つさを恐れず、真っ向から悪口を言い返している。 「あン、誰が馬鹿だコラ!?」 「本もろくに読まない底辺の知能が、あなたの顔と態度に出ていますもの」 「うっせえぞガリ勉ババア。てめーみてぇな教育ママ気取りが一番腹立つんだよ!」 「嫉妬(しっと)ね。私の頭脳明晰さをひがんでいるからでしょ!」  玲美亜と守。年齢は近いが、その性質は水と油。真向から対立して相容(あいい)れそうにない。  守の暴言は肯定しないが、教育ママらしいというのは同感だ。生真面目で勉強重視な点はお手本のよう。安路の母親も勉強に厳格で、毎日大量の問題集を課されていた。おかげで常に好成績だったと記憶している。  と、過去を思い返して、最近母親に会えていない事実に悲しくなる。安路の治療費を稼ぐため、掛け持ちの仕事で大忙し。見舞いに来る余裕もないのだ。こんな事件に巻き込まれると知っていたら、もっと一緒にいたかった。後悔の念が絶えない。  ――もしかして。  そこでふと、嫌な想像が、一つの仮説が、心の奥底にぼんやり浮かんできた。  自分が背負う罪とは、病弱なことではないか、と。  生まれてこの方病に伏せてばかり。成人しても職につけず入院の日々。女手一つで育ててくれた母親に迷惑をかけ続け、社会にとってはお荷物の穀潰(ごくつぶ)しだ。  いや、そんなはずない。  確かに、世のため人のためになっていないだろう。しかし、人間の値打ちは役立つか否かでは測れないはずだ。  病気だろうと障碍(しょうがい)だろうと、それが罪と誰が決めた。それは健常者の独りよがりではないか。人を物のように振り分けるなんて認められない。自分の正義が許さない。 「まぁまぁ、青筋立てるしないです。みんな悪いことしたあるでしょう。ワタシなんて、コレ、刑務所で着るしている服です」  終わらぬ口論に(しび)れを切らしたのか、春明が仲裁に乗り出す。  そこには、聞き捨てならない言葉が混じっていた。罵り合いの真っ最中だった二人は、その矛先を同時に春明へと向ける。 「確かに囚人服だがよぉ、てめーさっき“外で拉致られた”っつったよな? 嘘ついてたのか、あぁ?」  美形さに反し、丸坊主でグレー単色の飾りっ気ない衣服。春明の姿はまさに受刑者そのものだ。また、先程の「外で何者かに襲われた」という話が虚偽になる。この状況で嘘をつくなど信用ならない。守の怒りは御尤(ごもっと)もだ。 「あなた外国人よね? 刑務所に入っているのはどういう了見かしら?」  外国人だとしても、国内で犯罪を犯せば日本の刑務所に収監される。しかし問題は、余所(よそ)の国で犯罪をしたことだ。真面目一筋の玲美亜からすれば憤慨(ふんがい)ものだろう。 「ええ。少し悪いことしたですから。それに刑務所で襲われた言ったら、驚く仕方ない思ったですよ」 「当たり前だろーが、ボケコラ」 「信じられない! 日本に来てまで犯罪なんて。だから治安が悪くなるのよ!」  今度は春明のバッシング祭りだ。  流石(さすが)にこれは擁護(ようご)出来ない。嘘を吐いたのも、罪を犯したのも大きなマイナス。ルールに則るなら、椅子に座ってもらうしかないだろう。 「この喧嘩、ま、まだ続きそうか?」  後ろの織兵衛が辟易(へきえき)したように聞いてくる。 「個人的には止めたいんですけど、どうにもちょっと」  守は暴力的で殴られかねず、玲美亜には(かば)ってもらった恩がある。おかげでどうにも止めづらいのだ。 「じゃあちょっと、こ、ここに座らせてもらうよ。歳のせいか、どうも膝が悪くてね」 「ええ、どうぞ……――って」  お年寄りに立ちっぱなしは辛いだろう。  と、生返事した直後、血の気がざっと引いた。 「駄目です!」  叫ぶと同時に安路は力一杯織兵衛を突き飛ばした。手加減しよう、と配慮する余裕は皆無。  この椅子に座らせちゃいけない。座ったら最後だ、絶対に阻止しないと。  その一心だった。
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