第一章:LABYRINTH

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「どわぁっ!? な、なな何すんだ、この若造は!?」  どっと織兵衛は尻餅(しりもち)をつく。椅子には触れず、床の上を転がるだけだ。間に合った、と胸を()で下ろす。  雑に扱われ、織兵衛はいきり立っている。衰えた体は怪我(けが)の一つでも命取り。怒るのも無理はない。 「すみません。でも、それに座るのだけはいけないんです」 「どこにす、すす座ろうと、若造には関係ないだろ!?」 「関係ありますって! というかこの椅子、どう見ても怪しいじゃないですか!」  廃材を組み合わせた奇妙な椅子は芸術的オブジェにも見える。しかし、六脚だけなのがいかにも怪しい。下手に座れば何らかの仕掛けが作動し、目を背けたくなる展開になるのではないか。その危惧(きぐ)から全力で止めたのだ。 「私も同意見ね」  恵流が賛同し、弁明に加わってくれる。これまた腕を組んだままで、年上を相手にする態度ではないのだが。 「デスゲームの常識からして、椅子に仕掛けがあると警戒するのが当たり前。初歩中の初歩よ。迂闊(うかつ)な行動はしないことね」 「そんなこと、し、知るかってんだ」  織兵衛は聞く耳持たず。若者の意見に従いたくないのかもしれない。  恵流は構わず続ける。 「そう、なら頭の固いご老人でもわかるよう言ってあげるわ。もし座れば高圧電流で即死、あるいは(とげ)が飛び出して肉を(えぐ)られる。他にも阿鼻叫喚(あびきょうかん)の可能性があるってことよ」  理解を拒む態度を皮肉りつつ、具体的な予測を淡々と。 「そ、そんなのハッタリだ。ガキのくせに、な、舐めるなよ」  口では信じないの一点張りだが、織兵衛の顔から血の気がみるみる引いていく。ほろ酔いの赤ら顔は二日酔いの真っ青に。安易な行動が死に直結する、その想像をしたせいだろう。 「オイ。この椅子がやべーってのはもういいんだよ。この薄らハゲ以外、全員承知の上だ」  守が手を打ち鳴らし、全員の視線を集める。   「グダグダやってたってしゃーねぇだろ? オレはそこらに並んでいる店舗を回らせてもらうぜ」  椅子の部屋の外、ショッピングモールが気になるらしい。目を覚ました際ざっと見て、あとは女性グループの報告を聞いただけ。自分の目でしっかり確認しないと気が済まないのだろう。  守は了承を待たず、足早に部屋から出ようとする。 「ま、待ってください」  安路は腕を掴み引き留める。が、すぐに力一杯振り払われてしまう。守の蜘蛛(くも)のフィギュアが振り子のように揺れた。   「あ? 文句あんのか?」  獣のような瞳で守は威圧。喉笛に噛みつきかねない雰囲気を(まと)っている。  ごくり、と固唾(かたず)()む。  緊張で強張り震えながら、安路は伝える。 「ぼ、僕は賛成です。この場所も、集められた目的も、謎ばかりですから。まずは全員、気が済むまで探索するのが一番、かと」  彼の方針に反対ではない、むしろ肯定の立場だと。 「ハッ、当然だろ」 「ただ、約束してほしいことが一つ」  そして、伝えたい本命は、こちらなのだから。 「満足したらもう一度ここへ戻ってきて、見つけた物や判明したこと、あらゆる情報を持ち寄りましょう。そうすればきっと、脱出の仕方も見えてくるはずですし」  “六名の罪を悔い改めし者が座する時、残されし最後の者が光を臨める”  この一文は、最後の一人を決めるためのゲームを表現したかのようだ。  しかし、必ずしもそうとは限らない。読み解き方が違うかもしれないし、ゲームと無関係な方法で脱出可能かもしれない。  少なくとも「殺し合え」「相手を蹴落とせ」と明確な指示ではない。気持ちがバラバラでは、主催者達の思う(つぼ)ではないだろうか。  それ故、まずは各自気持ちの整理も兼ねて、施設探索の自由時間を設けるのだ。  悠長にも見えるが、モニターにカウントダウン表示は見当たらない。時間制限はないと考えて良いだろう。不幸中の幸いだ。心ゆくまで調査出来るし、脱出の作戦を考える余裕もある。  そんな安路の提案に守は、 「てめぇの意見に従うってのは気にくわねーが、まぁ一理あるな。言う通り、気が済んだらここに戻ってきてやるよ」  納得してくれたようだ。  舌打ちしながらも承諾の意思表示。手を振りながら退出していった。 「自分の目で見た事実だけ信じる。これ、人生の教訓ですね」 「言っておくがオレは、まだ、デ、デスゲームとやらは信用、し、してないからな」  後を追うように、春明と織兵衛も出入り口を潜り抜けていく。 「見逃している可能性もゼロではないですし、私も行かせてもらいます」 「急いで見て回ったもんね。意外なところに抜け道あったりして」  見落としを案じて再度確認へ、玲美亜と明日香も店舗の探索に向かう。  静まりかえった室内。  コンクリート打ちっ放しの部屋にはぽつんと二人だけ。安路と恵流だった。  無言の空気が居心地悪い。  年下の女の子と二人きりというシチュエーション。生まれて初めてだ。慣れない状況に戸惑いを隠せない。  何か話そうとして、 「漆原さんは――」 「恵流でいい」  呼び方の訂正で遮られた。  初対面だが下の名前で呼んでいいのか。距離感がいまいち掴めない。 「え、恵流、恵流さんは、えっと、もう一度店を見に行かなくていいの?」 「私は、安路と一緒にいる」  更に思いがけない一言に、目を白黒させてしまう。  うら若き乙女が成人男性と同行したい。それはどういう意味なのか。なんと返答して良いか見当がつかない。  押し黙っていると、恵流は続ける。 「あなたは優秀そうだから。少なくとも他の人達よりは良さそう」 「そ、そんなことないって」  不意の高評価に、咄嗟(とっさ)に否定してしまう。 「人を見る目には自信があるから。私が生き残るためにも、あなたのそばにいるのが一番。それが私の直感なの」 「は、はぁ」  褒められて悪い気はしない。むしろ嬉しい。  病弱で不出来な人生だったのだ。慣れない称賛に背中がむず(がゆ)い。  生産性のない自分にも、出来ることがきっとあるはずだ。  この場におけるそれは、きっと――か弱い恵流を保護することだろう。 「わかったよ、恵流さん。君は、僕が絶対に守るから」  自身の抱く正義に賭けて、安路は飾りっ気のない誓いを紡いだ。
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